ファイル14 お札の貼ってあるホテル
「都市伝説って信じます、小林さん。」
千堂は古びたビジネスホテルのロビーで、ふとそんな話を始めた。
「絵の額縁の裏とか、ベッドの下とかにお札が貼ってある部屋があるらしいです。テレビで見ましたよ。」
「そんなの……ほとんどイタズラか、悪趣味な霊感自慢だろ。」
小林は苦笑しながらフロントで鍵を受け取った。
「ホテル側がわざわざそんなことすると思うか?お札なんて貼ったら、従業員が嫌がるし、客にバレたら大問題だぞ。」
「でも実際、あったら怖いですよね。評判ガタ落ちですよ。」
「霊感なんて99%インチキだ。」
廊下を進み、目的の部屋の前に立つ。今回は、ホテル側から「客から異常な苦情があった」とだけ連絡が来ていた。
小林がカードキーをかざすと、電子錠が静かに解錠された。
「入りましょうか。」
ドアを開けると、そこはごく普通のビジネスホテルの一室……のはずだった。
「うわ……なんか、空気が重いですね。」
千堂が一歩踏み入れた瞬間、湿ったような空気が肺にまとわりつく。
「気のせいだよ。換気が悪いだけだ。」
小林は無造作にカーテンを開け、照明をつけた。だが、天井の一部だけがなぜか薄暗く、スポットライトのようにベッドの枕元を照らしていた。
「ちょっと、気になります。確認していいですか?」
千堂が言うと、小林は肩をすくめた。
「気になるなら見てみれば。」
千堂は壁に掛かった一枚の風景画の額縁をそっと外した。
「……っ!」
額の裏側には、黄ばんだ和紙のお札が一枚、四隅を赤い画鋲で留められていた。
「マジであった…!」
小林も顔をしかめる。
「やれやれ、こういうのがあると、話がややこしくなる。」
お札は、よく見ると何かの真言のようなものが書かれているが、部分的に滲んでいて読めない。
「これ、誰が貼ったんでしょうね?」
「ホテルの人間じゃないだろ。……たぶん、泊まった客の誰か。もしくは、霊感があるって自称するようなやつだな。」
「でも、なんでここなんですかね?」
小林は声を潜めた。
「……この部屋、数ヶ月前に自殺があったって聞いた。」
「え……じゃあ、それで?」
「いや。逆だよ。」
小林は窓の外に目をやりながら言った。
「こういう部屋ほど、あえて普通に使うんだよ。変にお札を貼ったり、僧侶を呼んで読経したりすると、従業員が怖がって辞める。風評被害も起きる。だから、清掃が済んだらすぐ使う。」
「つまり、あえて“何もなかったように”振る舞うんですね……?」
「そう。ホテルの経営ってのは、そういう冷徹な判断の積み重ねだ。」
しばらく沈黙が流れた。
ベッドの脇に立った千堂が、小声で言った。
「じゃあ……このお札は?」
小林は答えなかった。ただ、ベッドサイドの電気を消し、再び部屋全体を見回す。
暗がりの中で、額縁の裏からわずかに光る墨のにじみが、浮かび上がった気がした。
「……次の客がこれを見つけなきゃいいがな。剥がしておくか」
小林は額縁の裏のお札を剥がした。
ファイル14 お札の貼ってあるホテル エンド




