ファイル13 借金苦で自殺した豪邸
「今度の現場は…練炭自殺です。」
小林が資料を見ながら呟いた。依頼主は物件の大家だった。都内の高級住宅街にある豪邸。その中で、会社経営者だった夫妻が命を絶った。
千堂は車を降りながら呟く。
「ここが物件ですか?想像以上に立派な家ですね。」
同行していた特殊清掃業者の男が言った。
「外見に騙されちゃいけません。中は…なかなかのもんですよ。」
玄関の重厚なドアを開けると、突如、犬と猫の鳴き声が響き渡った。ガラス越しに飛びつく犬。うねるような猫の鳴き声。
「…うっ、すごい臭い…」
千堂が顔をしかめる。
無垢材の玄関には、点々と動物の糞がこびりついていた。豪邸に似つかわしくない、荒れ果てた匂いと空気が室内を包んでいる。
「どうやら、この夫妻…犬や猫に餌だけ与えて、躾は完全に放棄していたようです。」
リビングに入ると、床一面に大量の糞。白い大理石がほとんど見えないほど汚されていた。
小林が小声で呟いた。
「まるで…トイレの中にいるみたいだな。」
特殊清掃人が頷いた。
「ひどい状態です。リビングだけはどうにか清掃しましたが…他の部屋?私も入りたくなかったですね。」
夫妻には子どもがいなかった。その代わり、ペットに埋め合わせを求めたのかもしれない。
だが、命を絶ったその日、彼らはペットたちを放置したまま、車庫にこもり、車内で練炭をたいて死んだ。
特殊清掃人は言う。
「炭の臭いはね、消すのがとにかく大変なんです。ですが、プロですから。今ではもう、あの匂いは残っていません。」
事件後、家には何度か賃貸の話が出た。そして最終的には売却された。
「ちなみに…自宅の方では、犬が二匹、生き残ってたんです。」
特殊清掃人がふと思い出したように話し始めた。
「その犬たちは…どうなったんですか?」
「私がNPOに連絡して保護してもらいました。インコとか金魚なら、引き取り手がなければ自分で世話します。遺品と一緒に処分しろなんて言われても、命はそう簡単に捨てられませんから。」
千堂は、ふとリビングの片隅に残された家族写真を見つけた。そこには、夫妻と笑顔の犬たちが写っていた。まるで、何もなかった頃の幸せの証明のように。
「…借金で、全てを失っても…最後まで一緒にいたのは、ペットだったんですね。」
「だけど、そのペットすら…部屋ではただの荷物のような扱いになってしまう。」
小林が呟いた。
玄関を出たとき、風が背中を押した。振り返ると、その豪邸の窓から、じっとこちらを見つめる猫の瞳があった。
その視線は、誰のことを見ていたのだろうか。
ファイル13 借金苦で自殺した部屋 エンド




