【39】スカウト
女神様は言った。
『さて――妾がお主の前に姿を現したのは、お主が何者かを見極めるためじゃ。『鑑定』や『空間魔法』を使うクラゲなど普通ではないからのう』
(いやー、それほどでも)
照れるぜ。
まあ、俺ってばクラゲとしてはかなり優秀な方だと思うし。なんせ海亀すら倒しちゃうクラゲですから。しかしこう真正面から褒められると照れてしまうね。えへへ。
『じゃが、ここに妾の眷属たるリヴァイアサンを遣わしたのは、別な理由があるのじゃ。ま、それはお主も見ておっただろうがの』
(リヴァイアサン……そっちの大きい御方ですか?)
やっぱりリヴァイアサンって名前なんだ……。俺の想像は当たっていたな。
しかし、念のために確認しておく。
『うむ。こやつは妾の眷属にして神獣のリヴァイアサンじゃ。妾たち神々に敵対する存在を滅ぼす時などに使っておる。妾たち神々はあまり地上で活動するわけにはいかないのでな。代わりにこやつをはじめ、眷属の神獣たちに動いてもらっておるわけじゃ』
(なんで神様たちは地上で活動できないんですか?)
『できないわけではない。しないのじゃ。神々が地上で好き勝手に活動なぞしたら、うっかり大陸を沈めたり、うっかり地上の生物を滅ぼしたりしてしまうからのう』
(あ、はい)
わー、色々と物騒。
しかし、リヴァイアサンがここに来た理由は、何となく分かった。
(つまり、あのでっかいサハギンのお化けみたいなのを始末するためってことですか?)
漆黒の卵が変化した巨大な異形のことである。
『うむ、そうじゃ』
女神様は頷いて、さらに詳しい事情を語り始めた。
『先日、妾を信仰する海洋王国アトランティスに、サハギンどもの大群が押し寄せてのう』
(ん?)
『それがただのサハギンであったならば妾が手を出す必要もないのじゃが、結構な割合でイヴィル・スレイブが混ざっておった』
(……あの、イヴィル・スレイブって、何ですか?)
当然のように名前を出されても、俺そいつ、知らないのよね。
それからアトランティスって名称に思うところはあったが、それ以上に聞き捨てならない話があったので、そちらを優先する。
どっかの王国をサハギンたちが襲った、ねぇ……きっと俺には関係ないと思うんだけど、念のため、そこら辺の話は詳しく聞いておきたい。
『おお、そうか。そういえばお主は稀人であったのう。なれば知らぬのも当然か』
そう言って、女神様は「イヴィル・スレイブ」なる存在について説明してくれた。
その話によれば、イヴィル・スレイブとは「外なる者ども」と呼ばれる邪神、そのさらに眷属によって変質させられた生命のことであるという。
特徴は体の色が全身黒く染まってしまうこと。そして元よりも強化された力を持つこと。ステータスを持たないため『鑑定』できないこと。理性が低下し、暴力衝動が増幅されていること――などである。
その説明を聞いた俺は、とある存在を思い浮かべた。黒いアイツのことである。
サハギンの群。黒サハギンの存在。そして、この第二楽園島から旅立っていったサハギンたち。
ふむぅ…………何という既視感。俺、そいつらのこと知っているような気がする。
『そういうわけで、イヴィル・スレイブがいるということは、何処かに邪神の眷属がいるということでもある。邪神とその眷属どもは、この世界に巣食う寄生虫みたいな存在じゃからの。妾たち神々にはこやつらを滅ぼす責務があるのじゃ』
(な、なるほど)
『うむ。ゆえに、妾はアトランティスを襲ったイヴィル・スレイブどもが何処からやって来たのかを調べ、ここにリヴァイアサンを遣わした、というわけじゃ』
(じゃあ、あの巨大サハギンが邪神の眷属だったんですか?)
『左様じゃ。ゆえに妾は、リヴァイアサンに命じてアレを滅したわけじゃな。そしてその後のことは、お主も知っての通りじゃ。何やらリヴァイアサンを鑑定した者がいると思って、眷属の残党かとリヴァイアサン越しに探ってみたら、クラゲだったというわけじゃ。しかもお主は転移で逃げようとするしのう。慌てて逃がさないように魔法に干渉し、こちらに来てもらったというわけじゃ。不審すぎるにも程があるのでの』
(え? 俺ってば疑われてたんですか!?)
『うむ。返答次第では消すつもりじゃった』
事も無げに仰る女神様。
あ、あぶねぇ……ッ!!
もう少しで殺されるところだったとは……ッ!!
『まあ、お主のステータスを覗いた時点で眷属やイヴィル・スレイブではないことは分かっておったのじゃがの。たとえそうではなくとも、邪神どもに与する者がいないわけではない。それで妾が姿を現し、お主に何者か問うことにした、というわけじゃ。ああ、ちなみに、この姿はお主の想像通りに魔法で像を結んだだけのものじゃぞ。妾は余程のことがなければ神域から出られないからのう』
――というのが、ここにリヴァイアサンが襲来し、女神様が姿を現した理由らしい。
そして女神様は続けて、俺に思いもよらない提案をした。
『それでのう、お主』
(なんでしょう?)
『妾には何体かの眷属がおるのだが、どいつもリヴァイアサンのように巨体で気軽にお使いを頼むというわけにもいかぬ。そこでなんじゃが――お主に良い話がある』
良い話? 何だろうか? 古今東西、相手から「良い話」と言われて本当に「良い話」だった可能性は低いわけだが……。いやまあ、相手にとっては「良い話」の可能性は高いけども。
俺が疑問と不安から沈黙すると、女神様は自信満々にニヤリと笑って言った。
『喜ぶが良い、クラゲよ! お主に妾の加護を授けようではないか! さすれば、妾の使徒となり、手足となって働くのじゃ!』
…………使徒?
それが、女神様が言う「良い話」なんだろうか?
俺は女神様の突然の提案に――――




