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魔法使いとホワイトデー

「あっ」

 ふいに風香は思い出した。

なんとなくカレンダーを眺めていて、それは突然頭に浮かんだのだ。

「どうした?」

 いつもの一人掛けのゆったりとしたソファに座りながら本を読んでいたドーンが視線をあげて問いかける。そうすると少しミーアキャットが近辺を警戒する様子を思わせた。

「バレンタインデー。忘れてた」

 というか、むしろ今日はすでにホワイトデーである。

毎年この日はバレンタインデーにせっせと種まきをしたかいあって、そこそこ色々な貢物を手にしていた風香である。

 と、いったところで相手はヴィスト祖父ちゃんと気配の薄い婿入り父ちゃんと近所の父方の従兄くらいのものだ。それでも十分な成果である。

「何だ?」

ドーンが眉間の皺を深くする。

聞きなれない単語なのだろう。風香は天井を見上げるようにして「こっちは無いんですか、バレンタインデーと」と問いかけた。

「どういう意味だ?」

「意味って――聖バレンタインがぁぁぁ、居る訳ないですね。失礼しました」

 星が違うのか世界が違うのか、相変わらず解らないが聖バレンタイン氏は存在していなかったことだろう。

 風香は肩をすくめてしばらく考えていたが、すぐににっこりと微笑んだ。

「バレンタインはともかく。今日はホワイトデーです」

「今度は何だ?」

「ホワイトデーは、男性が女性に贈り物をあげる日ですよ。身近な相手に感謝を込めて」

 バレンタインデーというイベントがあってこそのホワイトデー。基本お返しの日であるが、男性が感謝を示して何が悪い。そもそも、そういう意味合いでバレンタインにチョコをもらっていなくとも女性に贈り物を上げる人は昨今増えている。


 元をただせばバレンタインだとて別に女性限定のイベントではない。

日本のバレンタインは商戦に巻き込まれているだけだ。はるか昔は土用の丑の日だって、もともとは適当に源内さんが作ったウナギを売りたいが為のイベントであったし。

 にこにこと説明すると、ドーンの眼差しが胡散臭いものを見る眼差しで風香に突き刺さる。


「ずいぶんと都合のいいことだな」

「ドーン叔祖父さんが聞いて来たんじゃないですか」

「つまり、私に何か贈り物をしろ、と?」

「ふふふ」

「つまり、私は何か風香に感謝しているのか?」


 おかしな風に問いかけられて、ちょっぴり後ろめたい笑みを張り付けていた風香はひきつった。

――確かに、こちらで生活して結構な日数が過ぎているが、風香自身はドーンに対してそこそこ感謝することがあったとしても、ドーンに感謝されるような覚えはない。

 ドーンにしてみれば、突然現れた兄の孫娘。

世話をしなければいけないし、何か役に立つものでもないし、どちらかといえば踏んだり蹴ったりだろう。


 ドーンのように風香の眉間もむむむっと皺を刻み付けてしまった。


「嘘です」

「なんだ。嘘なのか」

「さっき、バレンタインって単語が出ましたでしょう? バレンタインは丁度ひと月前の14日のイベントですけど、女の子がその日に好きな人にチョコをあげて気持ちを伝えるんです」

 目論見が外れてしまい、風香はあっさりと白旗を上げた。

見ていたカレンダーから離れて、自分も一人掛けのソファにどさりと身を預ける。


「で、一月後にあたる今日。ホワイトデーに男性がチョコのお返しに何かプレゼントを贈ったり、気持ちを伝えたりするイベントなんですよ。ま、最近ではチョコをもらっていなくともホワイトデーに意中の相手に贈り物をしたりする、結局は恋人同士のお祭りです」

「つまり、風香は私から何か貰いたいということか」


あれ、何か違う。


風香はしげしげと眺めてくるドーンを見返し、自分が伝えた言葉を精査した。どうも思う通りに言葉が通じていない。

 これではまるで「ドーンから気持ちのこもった贈り物が欲しい」ように取られてしまう。

「んん?」

 つまり、説明するなら義理チョコからだ。

うーんっと唸ってしまった風香に、ドーンは何を思ったのか呆れたような眼差しを向けていたが、やがてふっと息をついた。


「欲しいものがあるなら言いなさい」

「いや、あのそういうつもりじゃなくて」


 あれ、どういえば正解だろうか。

なんとなく慌てだしてしまった気持ちで、風香はあーだのうーだの言っていたが、まなじりを下げて困ったように口にした。


「とりあえずバレンタインからやりなおしていいですか?」


――この後、バレンタイン用のチョコを用意した風香であるが、当然のようにヘレン大祖母ちゃんはおろかクリストファーの分も用意した為、なぜかドーンの不興買った。


 



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