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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの友情
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その1

 のぺっとだれているカピバラの体毛をブラッシングしていると、遠慮がちに声が掛けられた。

「風香様、お客様がいらしておりますが――ご予定はありましたでしょうか?」

 はじめての単語だった。

お客。しかも風香指定。

「訪問販売はお断り」

 思わず素で返してしまったが、勿論この世界に訪問販売は無い――あるのかもしれないが、その手のものをわざわざ家人が主筋に通すことはないだろう。玄関前で断固としてお断りだ。

 眉間にシワを寄せて小首をかしげる風香に、かしこまった様子の執事は風香の謎の台詞をスルーした。


「ご予定に無い場合はお断りさせていただきます」

「まさかのエリス?」

自分に率先して会いに来るなど、他に思い当たらない。

引きつりつつたずねれば、執事はゆっくりと口を開いた。


「いいえ。シェイツ様でいらっしゃいます」

「誰、それ?」

「クリストファー・シェイツ様です」

 慇懃に続けられる言葉に、ぽんっと手を打った。


 我らが大迷惑椎茸祖父ちゃんのキトクな親友殿である。

なんやかんやでいろいろあって国交断絶していたのだが、いつの間に終わったのだろうか。ペリー来航か?

「で、突然どうしたんです?」

 一階の来客用の居間へと通された数日振りのクリストファーは、ふぅっと大きく息を吐き出した。

 クリストファーはひらひらとしたレースのついた華美な衣装で尊大に胸を張っていたが、何故か左頬を赤く染めている。尊大な態度とはなんともアンバランスだ。


「おまえ、エリスとどういう付き合いをしているんだ?」

 時節の挨拶をしろとまでは言わないが、国交断絶鎖国状態であったというのにしょっぱなの台詞がソレとは如何なものか。風香が顔をしかめるのも無理は無いだろう。


「人の顔見るなりエリスネタですか。その前に謝罪の言葉の一つでも出るのではないかと思ったあたしが馬鹿でした」

 まぁ、祖父ちゃんの友人であったクリストファー、当然のようにエリスとは旧知の仲ですか。メンフクロウの眼差しで淡々と言えば、同じくインドコキンメフクロウの眼差しが返される。

「おまえ――友達いないだろう」


「おまえもな」


 クリストファーがぼそりと向けてくる暴言に、にっこりと微笑み返してやると、二人の間に例えようも無い程冷ややかな沈黙が落ちた。アンポディーズ諸島のエレクトクロステッドペンギンもこの冷ややかさには耐えられまい。


「あ、ごめんなさい。クリストファーにはいましたよね。とっても素敵な借金踏み倒し系の友人が」

「その借金踏み倒し系はおまえの爺さんのようだがな」

 思わず風香の口から舌打ちが漏れた。

ぶん投げた暴言はド直球で打ち返された。

「わかりました。今のはドローで」

口惜しいがいたし方あるまい。

追加で「国に帰れば友達くらいいるっ」と言いたい気持ちはぐっと抑えた。確かに友人はいるが、見せられないものを威張ってもただの虚勢にしか見えない。奇妙な冷戦状態の空気を漂わせる二人であったが、その空気をぶち壊すようにクリストファーは顔をしかめて手を振った。


「悪かった。謝罪する」

「へ?」

「確かに、私は今まで風香に数々の無礼を働いた。そのことについてはきちんと謝罪する。前回口にしたことも、思い返せば女性に対して随分と失礼な話だろう。だが、少しだけ理解して欲しい。女性相手に一方的な勘違いで問題のある行動をとってしまった私が反省の日々を過ごしているときに、その身内から理由すら告げずに呼び出されたのだ。

この首に紐を付けて教会に引かれていくのだろうと考えてしまったのはむしろ当然のことだと思わないか? そうして覚悟を決めてやってきたというのに、ドーンときたら――」

 ここまで一息に拳を握りこんで力説していたクリストファーだったが、ドーンときたらという台詞を口にして酸欠にでも陥ったのか、むせるようにして苦しげに胸を叩いた。


「はいお水」

「すま、すまない」


 前々から風香的に気づいていたが、クリストファーは馬鹿だろう。

純度百パーセント。まじりっけ無しの。


「と、とにかく……今までのことは謝罪する。すまなかった」

 涙目で頭を下げられれば、さすがに風香だとて譲歩する気持ちはある。相手はなんといっても貧乏くじ大王。ヘレン曾祖母ちゃん曰くのとっても親切な優しいコだ。しかもその触れ込みはあながち間違いではなさそうだと風香自身認めない訳にはいかない。

 具体例をあげれば、そもそも祖父ちゃんの友人であるというだけでどれだけ人がいいことか。何故かドーンにカモにされているのではないかと思わせるところも気になる。

 性格に問題はいろいろあるが、根っこの部分で善人ではあるのだろう。


「で、エリスがどうかしたんですか?」

 侍女が用意してくれた紅茶に手を伸ばし、ついで未だに席に座ろうとしていないクリストファーに反対側の一人掛けソファをすすめる。

――何かしらの礼儀てきなものですすめないと座らないのかもしれない。ずっと立ちっぱなしであったクリストファーは、風香のジェスチャーにやっと腰をおちつかせつつ、口を開いた。

「婚約者が魔法の失敗で女になって戻ってきてしまったことで結婚を反対されている悲劇のヒロインになっている」

「……まさか、エリスってば色々なところで吹聴してまわっているんですか?」

 ぶふっと思わず紅茶を噴出してしまいそうになった。

「この話を耳にいれたのはサロンと私が臨時講師をしている中央学園だ。吹聴しているつもりはないのかもしれないが、噂は広まっている」

 思い切り吹聴していますよね。


「女同士であろうとも構わないとせつせつと語るエリスは数多の支援者を得て、今度自分の父親が主催する夜会でお前との婚約を推し進めるための発表を計画しているらしい。

女同士であろうと構わないが、できればそれまでの間にお前を男に戻せと来た訳だ」


……最近見かけないと思っていたら、外堀から埋め始めたよあの人っ。



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