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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの試練
38/43

その2

 部屋の作りで言えば、ドーンの部屋もヴィスト祖父ちゃんの部屋も同じだと聞いている。

 廊下側の扉から入り、手前にあるのが個人用の私室。左手にある扉が風香の大嫌いな(トイレ)置き場。そして正面にある扉が寝室。寝室に入って左手にある扉がウォークインクロゼットとなっている。

 

風香的には――うちの実家の敷地、正確に言えば八十五平米のマンションの一室が全部まるまる入りますが、なんですかコレ、だ。

 おぼろげな記憶とカンをたよりにドーンの部屋を探し当てると、一応ノックを一つして扉を開いた。


「祖父ちゃんの部屋が右って言っていたから、こっちがドーン叔祖父さんの部屋、だよね」

 そっと覗き込んだ部屋はふわりとドーンの香りが鼻をついた。

香水の香りなのだろうか――爽やかさの中に少しだけスパイシーとでも香辛料っぽいと言うのか、不思議な香り。

加齢臭と言ってやりたいが、十九歳でそれをかもすのは難しいことだろう。兄である祖父ちゃんだって加齢臭よりも抹香臭いというほうが正解だ。

 毎日飽きることも無く祖母ちゃんに線香を捧げていたのだから。


 それはともかく、その部屋をドーンの部屋だと確信し、風香はずかずかと部屋に入り込むと私室に置かれている一人掛けの椅子にどさりと座り込んで足を組んだ。


 きょろきょろと部屋を見回してみれば、風香の部屋とは決定的に違う。

風香の部屋の家具はどちらかといえば、全て統一された丸い家具が多い。角という角にはすべて丸みを帯びさせて、そして足は全て猫足。描かれている文様も可愛らしい花柄だ。

 大慌てで用意されたものだが、とても可愛らしくて気にいっている。ヘレン曾祖母ちゃんの趣味だろう。


 ドーンの部屋はおそろしく簡素だった。

家具は勿論統一されているが、猫足だのの可愛げは無いし、刻まれている文様はただの幾何学模様のようだ。

 キャビネットには風香の部屋には無いお酒の瓶が並び、その上にはそれがいつでも飲めるように盆の上にゴブレットが伏せられてフキンがかぶせてある。

 その横にはガラス製のボールが置かれ、中に入っているのは「魔石」だ。もしくは「精霊石」。先日クリストファーから大量にせしめていたコレは、ランプの燃料であったり、風呂を沸かす原動力であったりというなかなか便利なエネルギー材らしい。魔法使いであれば自作できるが、現在魔法使いのいないこの家では購入するより道が無い。

 ドーンはあんな感じではあるが、バルバルスクロナガアリアリのメスのように色々と苦労があるようだ。


 風香は魔石から意識を逸らし、じぃっとそのキャビネットの中身を眺め、悪戯心を出して立ち上がった。

「こっちのお酒ってどんなのさ?」

 風香は二十一歳――立派に成人式で振袖も着たし、その日に日本酒と麦酒とワインというちゃんぽんもやらかした。


 最近はさすがに酒の量が減って――限度というものを理解しはじめたとも言う――フルーツ系のサワーなどを軽く嗜む程度になっている。

 伏せられたゴブレットをくるりとひっくり返し、キャビネットから蓋の開いている酒を引き出す。

 ラベルが貼られているけれど、当然そのラベルが読める訳でもない風香は中身に鼻を近づけてくんっと香りを確かめると、ちょっとだけゴブレットの中に落とし込んだ。


 アルコールというよりはフルーティな香り。

甘い香りに気をよくして更に追加。機嫌を良くした風香はいそいそと椅子へと戻り、舐めるようにそっと生のままの酒の味を確かめ、その後、一息に喉の奥へと流し込んだ。


「かぁーっ、この一杯のタメに生きてる!」


 喉の奥をぴりぴりと焼く刺激と、鼻を突き抜けるような芳醇な香り。ワインとは違う独特の風味。

組んだ足を、今度は胡坐にもっていく。椅子に胡坐はちょっと座りづらい。

日本人なら畳に座布団だ。

 日本酒をきゅっと一杯引っ掛けて、ついでに焼き鳥までつけてくれればオツなもの。勿論、ここ日本ではないのでそんな贅沢はいえない。

 それにしてもなんと飲みやすいお酒だろう。

喉に感じる刺激を考えれば度数は高そうだが、くいくいいける。

風香は鼻歌交じりにお酒を注ぎ足し、たて続けに二杯目を飲み干し、三杯目はゆっくりと舐めた。


「これでつまみでもあればなぁ」

 枝豆とかどうよ?

ちょっとこのお酒には合わないか。何かもっと癖のあるもの。

じゃあ、こってりとしたチーズ――チーズいいね、チーズ。このさい椎茸でもよし。椎茸チーズ……うわっ、祖父ちゃん涙目。

 でも意外にうまいんじゃないかな。

肉厚の椎茸にマヨネーズとチーズを乗っけて焼いたら実に香ばしいつまみの出来上がりだ。


 脳内でその椎茸祖父ちゃんにけしかけ、ひゃひゃひゃっと笑いがこぼれるなか、風香は突然乱暴に開いた扉に視線を向け、にまにまと片手をあげた。


「おっかいりぃっ」

「……」

「叔祖父さんってば眉間に立て皺作っちゃって、やー、薄暗いせーしゅんですなぁ。聞くところによりますと、学生さんらしいじゃないですか。お勉強は楽しかったですか?」

「……」

「それより、なんかつまむもんないかね? つまみ。酒のさかな。お酒だけってのは寂しいもんですよ」

 肩口を震わせていたドーンは乱暴な様子でだかだかと部屋に入ると、風香の座る席の反対側にある椅子にどかりと座り、風香の手から中の液体が零れ落ちるのも気にかける様子もなく、乱暴にグラスを取り上げた。


「酔っているな」

「酔ってるフリですよ」

 いやだな。

「お酒は雰囲気で飲まないと」

 風香は鼻で笑って肩をすくめ、ついでにっこりと笑みを浮かべた。


「ドーン叔祖父さん、降参。文字教えてくださいな」


「酒の力を借りるな」


 冷ややかに言い切られ、風香は唇を尖らせた。

「そもそも叔祖父さんの性格が悪いのがいけないと思いますね。そんなトゲトゲしい性格だから、こっちが頭下げる気がおきない。酒くらい飲んでないとやってけませーんね」

 酔っていないとは言ったが、口からは暴言しかでていない。多少酒にやられているのは事実であろう。

「おまえな」

「で、で、叔祖父さんコトバとかモジとか教えてくださーい」

 あまり喋ると怒らせると意識を改め、単刀直入に風香はにっこりと微笑んだ。


「酒の力を借りるなと言っている。

それが人に師事する態度か、愚か者」

 苛立ちのこもる低い声に棘が混じり、ドーンは咄嗟に手にしていたグラスの中身を干した。喉の渇きを水で潤すような行為だったが、それが酒だと忘れていたのか一瞬のうちに顔をしかめた。

 その珍しい失態を笑ってやりたい気持ちを抑えて、風香は酒の味を残す舌先で乾いた唇をぺろりと舐めた。


「お酒を飲んだのは悪かったわ。

ドーン叔祖父さん。あたしは是が非にも魔法使いになりたいの――協力してくれる?」

 

 全てを切り替えるように一旦瞳を伏せて、ゆっくりと呼吸を整え、緩やかにあげた真摯な眼差しで言葉にする風香を前に、ドーンは唇の端を引きつらせ、喉仏を上下させ、


――色仕掛けとはいい度胸だ。


かろうじて、その言葉を飲み込んでいた。


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