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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの試練
37/43

その1

――人生には目標が必要だ。

目標がなければ、日々は怠惰に過ぎていく。

なんだかよく判らないうちに魔法使いとしての重要アイテム精霊は手にいれた。

ならばこれは次に進むしかあるまい。

風香は図書館の児童書を前に眉間に皺を刻みこみ、まず何が大事かを――自らの矜持は脇に置いて考えることにした。


まず、第一目標は地球、日本にある自宅へと帰ること。

指輪をはめたことによって訪れたというのに、指輪を抜いたところで帰れはしない。ならばどうするかと言えば「魔法使い」にならないといけないらしい。


 では「魔法使い」になる為にはどうしたら良いか。

幸い、胡散臭くも風香には「魔法使い」の素養があるという。そこだけはこんなトンデモ世界に放り込んでくれた祖父ちゃんに感謝してもいい。「魔法使い」である祖父ちゃんの孫だからこそ「魔法使い」になれそうなのだ。


――だが、まて。

 祖父ちゃんの孫だからこんな不幸が舞い込んだんじゃないのか?……自然と口元が引きつるが、慌ててその考えを押しやった。


今は冷静に考えるべき時だ。

こころを乱している場合ではない。


「魔法使い」になる為に必要なのは、やはり勉強。

そこで絶壁の崖のように風香の面前に立ちはだかるのは文字だった。

――祖父ちゃんの残したトンデモ指輪は、他人の言葉を記録することもお互いの言葉を自動翻訳することも可能な素晴らしい――嫌味――指輪だが、文字まではカバーしていなかった。

 つまり、やっぱり。


「文字か……」


 風香は乾いた笑いを浮かべ、児童書をじっと切なく眺めた。

この児童書を完璧に読み上げ、なおかつおそらくきっと専門知識とか特殊文字とかばりばりの「魔道書」とやらにシフトしていかなければいけない。

 そうしなければ風香は日本に戻ってのほほんな両親と再会を果たし、あの憎っくきピンクの莫迦墓に椎茸を供え、いつしかトイレ製造業者の素晴らしい夫を見つけて最新式ウォシュレットと永遠の愛を誓うことはできないのだ。


独学で文字を習うなど到底風香には無理な話で、やはりここは誰かに助言をもとめるべきだ。


 一旦は優しいヘレン曾ばあちゃんに救いを求めたが、ヘレン曾ばあちゃんには徹底的な欠点があった。

 おっとりとしたヘレン曾祖母ちゃんはふんわりとした微笑みでのたもうたのだ。

「あらあら、困ったわ。私はあまり勉強が得意ではないの」

――この国の女性識字率はきわめて低かった。


女性魔法使いであればみっちりと文学に身をおくが、それ以外の女性にとって大事なのは淑女教育なのだ。

 淑女教育というのは日本で言えば日舞だとかお花だとか、茶道とかそういったものだ。

三時のおやつにジャンク・フードな風香には生涯相容れない感じのなにかだ。


「児童書程度なら教えてあげられるとは思うのだけれど、それも確かではないの。あなたは魔法学を学ぶのだから、そんな不確かな教えを受けてはいけないわ」

――ということで紹介されたのが、よりにもよって腐れ祖父ちゃんが借金を踏み倒した相手、クリストファー。


「金返せ」と詰め寄られて当初こそ国交断絶状態であったが、今は別の意味で鎖国されてしまっている。その鎖国の理由については突っ込んだら自らが鎖国したくなるかもしれない為、現在も保留中。その後一旦は国交断絶も解かれたが、最終的に微妙な雰囲気でおそらく今現在も鎖国は続いているのだった。

ということで、自分が救いを求めることができる相手といえば、それは当然――


がっくりと風香は肩を落とし、決意を込めて児童書を手に立ち上がった。


いついかなる時でも、敗北を認めるのは、とても悔しい。


***


「ドーン叔祖父さんは、部屋?」

 廊下ですれ違った侍女に声を掛けると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「そろそろお帰りになられると思いますよ」

「って、どこか行っていたの?」

 そういわれてみれば、確かに昼食にはいなかった。

昼食は時折見かけないこともあった為に別の部屋ででもとっているのかと思っていたが、侍女はにっこりとしたまま告げた。


「学園に行かれておいでです」


……ニートだと思っていたよ。

そしてまさかの学生ですか。

老成していらっしゃるものだから、まったく想像ができませんが。

 十九歳で学生ということは、大学生くらいのものなのだろうか。

風香はふーんっと鼻を鳴らして生返事を返した。


「じゃあ、ドーン叔祖父さんが戻ったら叔祖父さんの部屋で待ってるからって伝えておいて」

 風香はさっさと階段を駆け下りた。

侍女が「ちょっ、風香様」と声を荒げることにひらひらと手を振って応えた。


 風香の使っている部屋は曾祖母であるヘレンと同じ三階に新しく用意された客室だ。

祖父ちゃんが使っていた部屋でいいよと言ったのだが、ヘレン曾祖母ちゃんは穏やかに微笑んでそっと首を振った。


「ヴィストの部屋は二階なのよ」

 二階でも全然構わないのだが、三階からの景観のほうが良いので「まぁいいか」と風香は納得したものだ。

 絵本を片手に風香は敵地へと勇んで駆け抜けた。


頭の中でいつものように祖父ちゃんの顔をした土竜をぶったたきながら。

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