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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いと精霊
32/43

その5

絶対に絶対に絶対に、認めない。

風香はふーふーと肩で息をついた。

ドーン祖叔父は何といっても祖父ちゃんの血縁だ。あのちゃらんぽらんでぐうたらで祖母ちゃん専属ストーカーの祖父ちゃんの弟。

祖父ちゃんの親族なんて根性が腐っていて当然。絶対に人間的にも終わっているに違いない。


いや……風香も祖父ちゃんとは血縁だが。

しかも直系だったりするのだが……


直系の孫と弟ではどちらのほうが血は濃いのだろう――って、もちろん当然弟の方が血は濃い筈だ。風香の血はタエ祖母ちゃんにより薄まり、更に父親の血でよりサラサラと清浄化されたに違いない。風香は内心で完結し、ほっと息を吸い込んだ。


「さて――」


 冷静さを取り戻せば、まず風香にはやるべきことがある。


風香は頭の片隅は愚か、地球の裏側にまでもドーンという存在を押しやり面前の事柄に向かうことにした。アレはオジさんオオオジさん、祖父ちゃんの弟、それはすなわちジジイだっ! 

妖怪退散。くらえ椎茸爆弾っ。

果たしてドーンが椎茸を嫌いかどうかは判らないが、いくばくかのダメージには繋がるはず。


それを他人は「棚上げ」やら「見てみぬふり」もしくは「現実逃避」などと言うかもしれないが、他人のことなど知ったことではない。


「さて、とりあえず仕切りなおし」

こほんっとわざとらしく咳をして、風香はふてくされている――のだろう、たぶん――真っ白いカピバラを見下ろした。

 これでもかという程に丸くなっているカピバラは、カピバラというよりも白い狸といっても良い。顔さえ見なければちょっと剛毛の狸だ。ただ、その首には今は一筋の色がある。可愛らしい桃色の。 そう、首には首輪代わりにリボンが巻かれ、そのリボンにはしっかりとドーンが手首にはめていた腕輪がくくりつけられているのだ。


ドーン曰く、ヴィスト祖父ちゃんの部屋を漁って発見したというド素人でも精霊を捕まえる――実質素手でとっ捕まえることの出来る素敵アイテムだ。魔法使いが使うアイテムという訳ではなく、むしろ一般人が使うらしいが、一般人が精霊をとっ捕まえてどうするのかは不明だ。


ドーンは淡々とカピバラを捕獲し、マニュアルでもあるのか、やはり淡々とした動作で首にリボンと腕輪とをくくりつけた。曰く、消えることも飛んで逃げることもできなくなり、精霊としての能力をそぎ落とすことができるものらしい。

つまり今のカピバラはただのカピバラでしかない。


「よくソレが出てくると思いましたね」

 怒り心頭の風香が冷ややかに言えば、ドーンは平然と返す。

「元来精霊は人間を嫌うことの方が多い。それでもつかまってしまえば契約を交わして対価を貰うことにより人間に手を貸す――だが、時にはやたらと主に傾倒する精霊がいるらしいと読んだ本にあった。風香の話では、どうもソレは風香に執着しているように思えた」

 

浮気者だの何だのとしつこく騒いでいる精霊ならば、風香がピンチに陥れば出てくるのではないかと思ったのだと――今度は風香こそが「ほう」と言いたい気持ちになったが、ドーンはもくもくと作業をしている間伏せていた眼差しをついとあげ、風香を見返した。


「まさか本気にした訳ではあるまい」

その台詞を口にしたドーンは、口角を引き上げるようにして――実に、実にいやらしい微笑を浮かべて鼻で笑った。

「この私が風香を襲うとでも?」


「……」


――この私が風香【ごとき】を襲うとでも?

風香の耳にはそれはそれは底意地の悪い口調でしっかりとその隠された言葉すら聞き入れた。


くたばれ、祖父ちゃん弟!

あんた間違いなく祖父ちゃんの弟だよ。


風香はうっかりすると思い出してしまう怒りにふるふると身を震わせ、ぶるりと頭を一度振って――更にドーンを頭から駆逐した。


「あーもぅっ。仕切りなおしなんだってば」

風香は噛み付くように言うや、まるまっているカピバラの頭をわしりと掴んだ――やばい、すんごくコレってばふんわりしてる。本物のカピバラは剛毛だというのに。

 ネズミはネズミでもチンチラかと思わせるやわらかさ。思わず指先がわきわきとなでくり回したい欲求に駆られ、風香はぐっと口腔にたまった唾液を飲み込んだ。



毛艶が良いからといってほだされてなるものか。ミイラ取りがミイラになってどうする。孤高の狼の魂を取り戻せ。

当初の目的を忘れてはいけない。


「あんたは何だってあんなことするのよ?

恨み言があるならわざわざあんな風に夜中にねちねちと世迷言を言うような真似じゃなく、直接言えばいいでしょっ」

 半ば八つ当たり気味にきつめに言うと、なんということでしょう……無理やり頭から丸まっていたところを引きずり出されたカピバラは、あの特徴的なサングラスをしていなかった。


つぶらな眼差しがじぃっと風香を見ている。


 カピバラはもじもじとしている。

カピバラは寂しそうにしている。

カピバラは仲間にして欲しいのかもしれない――

カピバラは……いやいやいや。


 今浮かんでしまったものはとりあえず色々と駄目な部類だろう。

風香はぐっと奥歯を噛み締めて耐えた。

 

その昔、確かに子供の頃の風香はコレを見て恐怖したものだ。だが、今は違う。今はこのおっさん臭い生き物を「おっ、ぷりちー」と言える感性を持っている。決して可愛いという自分が可愛いのではなく、純粋にソレに対してのみもつ可愛いという感性だ。

風香は喉の奥でぐっと言葉を飲み込み、面前のおっさんカピバラに対して持っていた筈の怒りとかを必死に招き寄せた。


 騙されるな。

耐えるんだ。耐えろ風香。

これは外見は確かに可愛いが、中身は嘘つきで性格が破綻しているおっさんだ――この五日もの間、このおっさんにどれだけ酷い仕打ちを受けたのか、きっちりと思い出すが良い。風香は必死に自己暗示をかけようとふんばったが、敵はさるものひっかくもの。


「きゅっ」

「なっ」

 歯の隙間からわずかに聞こえる可愛らしい鳴き声にぐっと言葉が詰まる。

そんな風香の気持ちを知ってか知らずか、敵は更に悲しげに小首をかしげて畳み掛けた。

「きゅう?」

「っっっ」


うぎゃぁぁぁぁっ。


中身はおっさん中身はおっさん、中身はおっさん。

風香は必死に呪文を唱えたが生憎とふっさりとした柔らかな体毛を持つつぶらな瞳の生き物に勝てるのは鬼畜のみだろう。




でもやっぱり中身はおっさん。

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