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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いと精霊
31/43

その4

 すっとドーンの表情がいつもより更に無に還り、眼差しが細くきつくなる。

大鷲が獲物を見つけた眼差し、というよりもむしろ――キシノウエトテグモが触手の動かぬ獲物をあざけるが如し。

「ほう」

 しかも、口から出たのはアナホリ梟でも言わないような「ほう」である。


風香はだれきっていた思考回路をフル活動させ、接続拒否のシナプスに総司令を出す羽目に陥った。つまり、びしっと体制をたてなおし、頭の上にもやのようにかかっていた眠気を瞬時に霧散させたのだ。


「いや、あの……ですね」

「判った。一緒に寝てやろう」

 言葉にしながら、ドーンは右手で自らの左手首に触れて撫でるなしぐさをする。まるでその日の天候の話でもするかのように。

「じょ、冗談ですよ?」

「そうか」


 あっさりと言い返され、ほっと安堵の息をつく風香に、ドーンは相変わらずの爬虫類的冷ややかさで続けた。

「生憎と私は本気だ」

「いやいやいや?」

「可愛い兄孫の願いを適えてやれない程狭量な男ではない」


言うや、ドーンは寝椅子で先ほどまでだれきっていた風香の面前にずんずんと進み出ると、その無骨な手を無遠慮に風香の腰と肩とにまわした。

途端に風香の背筋をさぁっと血の気が下がっていくのを感じた。冷水を掛けられたかのような何かが喉の奥で悲鳴に変わり、風香は今までの人生で二度目の貞操の嬉々――ではなく、危機に体を強張らせた。


腰を重心としてもちあげられ、ぐりんっと世界が回る。

「うわぁっ」とあげた声を反響させたのは、ドーンの背中であった。

背中――

「って、あたしゃ俵かっ! 米かっ」

肩にどせいと乗せられ、暴れたところで後の祭り。

ドーンは憤慨するかのように足音も高くのしのしと歩き出し、その足が向かった先は風香の部屋ではなく――別の一室。


 扉を開いた途端に香ったのは、ドーン特有の苦味のあるような香料――瞬時にそこがドーンの私室だと気付くと、下がっている頭に更に血が堪るな気持ちになった。

 風香のどこか可愛らしいレースたっぷりの部屋とは違い、家具も雰囲気も何もかもがドーンらしくシックに揃えられた部屋には、隅に酒の入ったチェストが置かれ、枕辺には水差しとグラスとがきっちりと用意されている。

 明かりの灯されていない薄暗い部屋を照らすのは、窓から差し込むしらじらとした月の反射だけだ。


まて、まて、まてっ。

ドーンと自分は親族で、血が繋がっていて、祖父ちゃんの弟で孫で……三親等って、あああっ。いいのか、これは大丈夫なのか?

 こっちの世界ではありなのか?

えっと、えっと、上にあがってパパとママで一親等。さらにあがって祖父ちゃんで二親等だから、祖父ちゃんから横にそれて三親等? 従兄弟同士は結婚できて、従兄弟ってのは親の兄弟の子供だから――アリか?

 いやいやいや、だから。

そもそも風香はウォシュレット製造責任者――いつの間にか地位があがっている――に嫁にいく運命だ。

風香の頭の中では現在絶賛相馬野馬追い祭りである。


 まったく別問題で混乱する風香をどさりと寝台の上に投げ出すと、ドーンは相変わらずのハガクレカメレオンアガマのような冷ややかさでじっと見下ろしてくる。その冷ややかさに風香は半泣きでやっとこ訴えた。

「冷静にっ」

「冷静だ。これ以上ない程に」

「あのですね。

あのっ」

 肉食系美女エリスに簡単に襲われかけた風香である。

本気の男に力で勝てる筈が無い。


 ぎしりと寝台の上に肩膝を乗り上げ、ドーンが無機質に身を風香の上へと沈めてくる。両手を伸ばして相手の胸をおしあげ、自分のたった一言で何故こんなことになっているのかと奥歯をぎゅっと噛み締めた風香の耳元、ふっと息が吹きかけられて風香はぎゅうっと身を硬くした。


「やっと……」

 吐息のように言葉が触れる。

「捕まえた」

 ゾクリと風香の体を掛けたものはいったい何かのか。

腹部ではじけたものにうろたえた風香とは違い、ドーンはついで嘆息を落とした。


それまで拮抗していた風香の力とドーンの力のうち、ドーンの力強さがすっと自らの上から遠のくと、眦に涙を溜めた風香は唖然と相手を見つめた。


ドーンの腕に噛み付いている白いカピバラと、ソレの頭をがしりと掴んでいるドーン……


「はなせぇぇぇっ。ちきしょうっ。このエロジジイっ」

「誰がエロジジイだ。

それにしても本当にコレが精霊か? いや、それ以前に本当に精霊が捕まるとは思わなかった。ヴィストの部屋を漁っておくものだな」

 片手でカピバラの頭を押さえ込んでいるドーンの左手首には見慣れない腕輪が巻かれ、ドーンは噛まれた手を軽く払いながら腕輪に触れた。


――やっと……捕まえた。


 耳元でささやかれた言葉の意味がゆるゆると風香に浸透し、風香は寝台の上で上半身だけを持ち上げて真っ赤になり、いうべき言葉を捜したが見つからず、あまりの恥ずかしさに手近にあった枕を思い切りドーンに投げつけることしか出来なかった。


耳元に注ぎ込まれた音に、胸が高鳴ってしまったなどと誰が認めるものか。



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