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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの真実
27/43

その4

「私は――兄を殺してしまったのだ」

 鎮痛な言葉を薄い唇から落としたドーンだった――おそらく、この一年の間ずっと苦悩していたであろうが、あんまりな言葉に風香は慌てた。

 それはなんという勘違いか。


「いやっ、死んでないし。

あれ、えっと? 死んでいますけどね?」


 表現がおかしなことになってしまったのは勘弁して欲しい。

確かに風香の祖父であるヴィストは現在誰はばかることもなく立派にお亡くなりあそばして鬼籍の人となってしまっているが、別にドーンが魔方陣に悪さをしたことによって死んでしまったのではない。その後地球時間で六十年の歳月を無節操にぴんぴん生きていた。


「結果として死んだのは――」

「そりゃあ、確かに結果として死んでいますけど、思い切り八十一歳の大往生です。

ふっさふっさの髪も総白髪になっちゃうくらいの寿命っぷり。お葬式は多少はしんみりしましたけど、むしろちょっと長生きだったねー程度には大団円? 子供もいるし孫まで作ってるんだから、別にドーン大叔父さんがそんな風に自分を悪役にするようなことじゃないですよ?」

 風香はどう説明していいやらと慌てたが、とりあえずドーンの行いによって祖父ちゃんが死んだというところは訂正しておきたい。

 そんな、小石を投げたら百キロ先で誰かが穴にでも落ちたみたいな話で落ち込まれても困る。

「もちろん、こっちに戻ることはできなかったかもしれないけど、でもあっちで祖父ちゃんは十分幸せに無駄ってくらい幸せに生きやがってましたってば」


 幸せどころか、おそらく祖父ちゃんは日本という国に馴染みすぎるほどに馴染んでいた。

言葉も指輪のおかげでか精霊のおかげでか心配はないし、更にいえば金にも困っていなかった。

 日本に流れ着いて一年もすれば嫁まで――多少無茶なやりかたといえども手に入れて、それはそれは幸せに暮らしました、まるってなものである。


 相変わらず沈痛な雰囲気のドーンをどうにか元気づけようと、風香は手を伸ばし、ドーンの固められた拳をぎゅっと自らの両手の平で包み込んだ。

「つまり、ドーン大叔父さんがいなければあたしなんて産まれてない訳ですね。

ある意味ホントありがとうとしか」

「しかし」

 一生懸命の風香の言葉も何のその、ドーンはすぐにそれを否定しようとする。


「しかしもかかしも無いです」

 その後、五分近くもあくまでも何故か「自分が悪い説」に固執しようとする陰気な男に、ふいに風香はぶちりと自分がきれるような音を聞いた。

 生来が短気なのだ。

キイロスズメバチの如く。ただしミツバチが怖い。


「いいですよ? そうやって自分が悪いとか自分のせいでとかって悲劇のヒロインぶって人生後ろ向きで歩んでいきたいっていうのなら、そりゃあもうご勝手にってなもんですよ。

 でもね、うちの祖父ちゃんは毎日笑って楽しく暮らしていましたよ。そりゃあ、祖母ちゃん死んじゃった時はおいおい泣いてたいへんだったけど、それって愛する人ができたからこそそういう涙も出たって訳でしょ? 

 祖父ちゃんにはうちのママもいたし、一緒に釣りを楽しめる婿のパパも、犬の田中さんもいたし、猫の今泉君もいた。孫のあたしだっていたの。落ち込んだって復帰して、やっぱり毎日仏壇に向かってはいたものの、死ぬまでなんとか楽しく過ごしてきたの」

 途中で自分でも何を言っているのか判らなくなってきた風香だ。


ぎゅぅぅぅぅっとドーンの手を握りながら、風香はそれでも必死に言った。

「そういう祖父ちゃんを、ドーン大叔父さんは否定したい訳?」

「――」

「祖父ちゃんは確かに死んでいるけど、別にドーン大叔父さんが言うところの一年前に死んだわけじゃないんだからっ」


 ドーンはじっと掴まれた手を眺め、次にぜーぜーと肩て息をつきながらすでに怒っている風香とを眺めた。

「ヴィストが好きだったのだな」

 やがてゆっくりといわれた言葉に、風香は何故かカチンときて更に大きな声で怒鳴っていた。


「祖父ちゃんなんて大っ嫌いだってば」


 その後――延々とどれだけヴィスト祖父ちゃんに迷惑をこうむったかをせつせつと語る羽目に陥った風香であったが、何故かドーンは少しだけ幸せそうにそれを聞かされ続けていた。


***


 月が綺麗な晩だった。

月。確かに月だ。ただし、どうもクレーターとか色とかそういったものは微妙に違うっぽく見えるのは、先入観も手伝ってのことかもしれないが。

 あちらとこちらとの関係は相変わらず判らないが、世の中には地球と同じ条件さえ整えば、やっぱり同じように生命が育まれる星もできるという。宇宙には似たような星があったところでおかしくは無いだろう。

 平行世界とか、なんかSFチックな何かかもしれないが、基本的に風香は物事をあまり考えない性格だ。


「さてと――」

 風香は洗い桶に湯を用意した。

もちろん、すでにクリストファーの忠告を耳にいれた風香が指輪を破壊するなどという危うい行動にでることは無い。


だが――風香は洗い桶の前を窓の近くに設置し、ふんっと鼻息を荒くした。


「出て来いっ、糞カピバラ」


 すずめを取る要領で洗い桶の上には厨から失敬してきた野菜洗い用の籠がつるされているが――こんな単純な罠に精霊がかかってくれるかどうかは甚だ疑問でしかないので、風香はもう少し物事を考えたほうがよさそうだ。




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