その2
感情に任せて拳を握って言葉にすると、絶対に当たりだという核心――決めつけ――をつかんだ。
地球に飛ばされた時、ヴィスト祖父ちゃんはおそらくその懐にクリストファーから借り上げた金を持っていたに違いない。
それを質屋だか何だかに売りさばき、まんまと大金をゲット。
当時のレートでは金はいったいどれ程の価値があったことだろう。もしかして金ではないかもしれないが、古美術的な価値としてのトレードをされたのかもしれない。
そしてそして――ううう、なんて可愛そうなタエ祖母ちゃん。
「クリストファーさんがお金さえ貸さなければ、祖母ちゃんは祖父ちゃんに売られることなく幸せを……幸せ、を」
肩を震わせて涙声で口にしたものの、言葉ははたりと途中で止まってしまった。
面前のクリストファーはまったく理解ができないという様子で行動が停止しているが、そんなものは今の風香にはまったく関係が無い。
クマムシが至上最強の虫であろうが、プラナリアが延々と増え続けようが風香にとってそんなことはまったく関係がないのと同じくらい関係が無い。
がっくりと体の力が抜けた。
「……無理か。
そうだよねー、あの祖父ちゃんだもん。何があろうとタエ祖母ちゃんを嫁にしてるって。誘拐とか監禁とかさ。ある意味金で買ってくれてよかったかもしれないか、な?」
ぶつぶつと結論づけ、風香は勝手に叫び勝手に納得して乾いた笑いを浮かべるとおもむろにクリストファーに向き合い、手を差し出した。
「お金かしてくれてありがとう」
監禁なんてされていたら、祖母ちゃん以上に母さんが不幸であった筈。
「……いったい何なんだ、お前は?
早く男に戻れ、気持ちが悪い」
寂しいかな差し出した手は完全に無視された。
しかも噛み付かれるのを警戒するかのような眼差し付きに、風香は自分がアフガンフウンドかボクサードックにでもなったような気持ちになる。
「いや、それは無理なんだって――ああ、もうっ、とにかく。
とりあえず……あれ、ねぇ、クリスファーさん?」
風香はびたりとクリストファーの瞳を凝視し、確かめるようにゆっくりと口にした。
「あたしの名前は?」
「ヴィスト――あたしとか言うな、気色悪い」
ああ、やっぱりヴィスト疑惑はまだまだ健在。
風香の顔は途端に沈痛なものに変化し、乾いた笑いが唇から漏れた。
「そうすると……やっぱり、案の定――ご親切にもあなたの精霊をお使いでこっちによこしてくれてたり……して」
「何の話だ?」
――はい、オシマイ。
風香はばったりとテーブルの上に突っ伏し、滂沱の涙を流しながら呟いた。
そうだよね、そうだよね……やっぱりそうなんだよね。
「あんの、糞カーピーバラぁぁっ」 脱力しつつも、誠心誠意心を込めて「自分がヴィストなどという下劣なジジイではない」という説得を再度試みた結果――魔法使いクリストファーはものすごく胡散臭い顔をしつつも風香の前に手を差し出した。
先ほど風香が差し出した時は完全に無視された手だ。
その意味が理解できず、首をかしげて無視してやろうかとも思ったが、風香はちっぽけな報復活動は忘れてその手を掴んだ。
突然すぎて意味は不明だが、いわゆるシェイクハンドかとぎゅっとにぎり、ついでに子供のようにぶんぶんっと振ってみると――面前のクリストファーはざぁっと青くなり、ついで白くなり、最後に真っ赤になって悲鳴を上げて手を離した。
ぶんっと放り出された手に驚いた風香だが、相手はがたがたと音をさせて完全に――ドンビキ状態。
それを見ている風香自身もドンビキだ。
まるで火傷でもしたかのように風香から逃げようとしている。
「あの、クリストファーさん?」
何か悪いことでもしただろうか?
まさか手を握って振るという行動がこちらでは侮辱に当たるのか? さすがにこちらの世界の風俗までは理解していない風香は首をかしげたが、顔真っ赤星人はぶんぶんと首をふる。
「ごめんっ。悪かった――本当に悪かった」
「いや、だから。理解してくれたら別に」
「悪気は無かったんだっ」
真っ赤な顔をして叫ぶ相手に、悪気がないのは判っているからと風香は多少引きつりつつも微笑を浮かべた。人の良いクリストファーは確かにその評判どおりの人物であったのかもしれないが、ここまで低姿勢に出られると扱い辛い。
しかもさっきまでは横柄な借金取りであった癖に。
風香にはあいにくギャップ萌え属性は無い。
「まさか本当に女だとは思わなくて――あのっ、ごめんっ」
「だから、そこまで謝らなくてもいいですって。わかってもらえればそれで」
「……怒らないのか?」
「怒ったって仕方ないでしょう? そもそも、友人の孫なんてのがでてきたら普通信じないですよね。ああ、そうか。ドーン大叔父さんもあたしと血縁があるという証明に手を触れ合わせて確かめてましたっけ。クリストファーさんは魔法使いですよね。はじめっから手を重ね合わせていたら理解が早かったとか?」
なぁんだ。
問題はこんなにも単純であったのだ。
さながら竜の髭も玉竜もそんなにたいした違いじゃないというくらいに。
手と手を合わせてしあわ――自粛。
「手を重ねるなんてとんでもない!」
――真っ赤だった顔が青くなる。
これは白人的色素というものであろうか。いやいや宇宙人だしなぁと風香は生暖かな気持ちで人間信号機を眺めていたが、先ほどまでの横柄なクリストファーはいったいどこにいってしまったのか。
それとも本来のクリストファーがこのように低姿勢な生き物であるのか。
自分以外には優しいという評判のクリストファーであったが、会いたかったような会いたくなかったような微妙な気持ちになる風香だ。
そのクリストファーは、風香の台詞に切迫したように声を荒げた。
「魔法使いと手をつなぐなど、身も心も全裸にひん剥かれるようなものだぞっ。そんなはしたない真似をしては駄目だ」
……まて。




