その4
はからずもクリストファーに同情してしまった風香だ。
いや……極悪非道脳みその半分は最愛なるタエ祖母ちゃんでできている祖父ちゃんに友人にしてしまった借金を踏み倒そうなどという、そんな姑息成分が存在しているのかは今となっては闇の中、だ。
逆に言えば、クリストファーからの借金を忘れて「借金はあげるつもりで」などと言っていたとしたら、それはそれでナンダカナーだが。
本当は優しい――しつこいようだがあくまでも風香以外の他人談――クリストファー。
出会いがカツアゲという最悪なシーンでさえなければ、もしかしたら仲良くなれていたかもしれない。祖父ちゃんの被害者の会会員として。
今度顔を合わせた時は精一杯愛嬌をふりまき、クリストファーの優しさ成分にぜひ触れてみたい。
まぁ、ヘビとマングース並に無理であろうが。
翌朝、考え事が過ぎた為かうっかりと寝過ごした風香が食堂に行くと、ドーンはいつも通りのメンフクロウのような面持ちで風香を迎え入れた。
風香的にはメンフクロウよりもミナミアフリカオオコノハズクが迎え入れてくれればほっこりとした気持ちにもなれるというのに、メンフクロウは半眼をじとりとさせて何を考えているのかいまいち判らない。
もちろん、ミナミアフリカオオコノハズクが何を考えているのかすらも風香には理解できかねるが、少なくともミナミアフリカオオコノハズクであれば一目で「ちょっ、いやだこの子ってばおびえてるしっ。この小心者めっ」と高笑いを誘ってくれることだろう。
敵に発見されないように恐ろしい程身を細くして木の枝になりきる様子は有名だ。
「いやだな、朝っぱらから喧嘩売る気満々ですね」
風香が眉を潜めると、ドーンは低い声で答えた。
「私は昨夜零時過ぎまでおまえが戻るのを居間で待っていたのだが」
「は?」
「突然訳のわからぬことを言い出したかと思えば、更に輪をかけて理解不能なことを叫んで居間を駆け出していった挙句、何の説明もないというのは如何なものだろうか」
冷ややかな眼差しと言葉とで攻撃され、風香は正直――うわー、暇人。と咄嗟に浮かんでしまった言葉をせっせと飲み込んでおいた。
「待っていたって……」
「さすがに零時を越えたあたりではた迷惑なお前は他人の気持ちなどかんがみることもなく寝たのではないかと人をやったが、案の定部屋からは返事が無いという。
精霊だの帰るだのという戯言のおかげで、こちらは寝不足だというのに、お前は私のことなどおかまいなしで随分と気持ちよく寝ていたようだな」
ねちねちと一気に言われ、ドーンは粘着質というなんともぬちゃっとした感じの栄冠に輝いた。
風香は呆気にとられ、給仕係が引いてくれた椅子に腰をおとしながら鼻をならして肩をすくめる。今までドーンと祖父ちゃんの間の血縁関係について少しばかり疑いもしたものの、やはり兄弟かもしれない。
祖父ちゃんもどこか粘着質な感じをもっていたものだ。
もちろん――祖父ちゃんが張り付いていたのは愛するタエ祖母ちゃんにであったけれど。
「気になるならまってたりなんかしないで、あたしの部屋に直接来ればよかったじゃないですか。部屋の場所が判らない訳じゃあるまいし」
たった一度しかドーンが部屋を訪れたことがあるので、部屋の場所を知らないということはないだろう。
二階にあるというドーンの部屋がどこにあるのか風香は知らないが、一応感覚的なもので「まぁこのあたり」という予想はついているし。
「……おまえの部屋は三階だろう」
風香の言葉にドーンは眉間の皺を更に深くして呆れた様に言えば、風香は「はぁっ?」と頓狂な声を張り上げた。
「まさかっ、ワンフロア一つあがるのを嫌がるなんてドーン大叔父さんって実年齢はあたしより若い癖して、本当は八十くらいの爺さんなんじゃないですか? そもそも、深夜零時に使用人を使おうっていうそのお坊ちゃん根性。自分で動かないと足が退化しちゃいますよっ」
さながらアシナシトカゲの如く。
眉間の皺を増やし続けるという技術を身に付けているドーンは口元を引くつかせ、ぐっと奥歯をかみ締めていたが――やがて何かを諦めるかのように肩の力を抜いた。
「判った。部屋の主から招待されるのであれば気にするのも馬鹿らしい。
次のときは遠慮せずに風香の部屋を訪れることにする」
遠慮――そういうものだろうか。
風香はテーブルの上に置かれているパンに手を伸ばし「どうぞどうぞ、遠慮せず」と鼻歌交じりに応えた。
「で、昨夜の件はいったい何だったのだ?」
静かな問いかけに、風香は「あっ」と思い出す。
今夜は満月――カピバラの言葉を信じるのであれば、風香は地球に帰れるのだ。
あの忌々しいピンク色の墓石が待つ日本に!
まってろよ祖父ちゃん。
草葉の陰で泣いて喜べ、今夜は椎茸でお祝いだっ。




