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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの精霊
20/43

その1

 お尻のでっかいぬぼっとした微妙なネズミはかしかしと後ろ足で首の辺りをかいて、馬鹿にするようにあふりとあくびを一つ。


「なんだ、自分はヴィストの悪口ばかりの癖に。他人に言われるのはイヤなのか。

何気にジジコンだよな?」

「誰がジジコンだ――ってか、おまえ……が、喋っているの?」


 さすが宇宙人の世界。

動物がしゃべるのか。

風香はサングラスのヌートリア――百歩譲ってカピバラにしておこう。あまり区別は判らない――を眺め回し、そう決めた。アルパカとラマの違いもいまいち判らない風香だ。どちらでも構わないだろう。

「他の何がしゃべっていると思ってるんだよ?」

 何故かえらそうなカピバラに風香は眉をきゅっと潜めつつ「家畜(ペット)飼っていたのかな」と呟いたが、カピバラは、おっさん臭い顔を偉そうに天井へと逸らした。


「誰が愛玩動物(ペット)だ。

おまえは本当に物知らずだな。俺様は精霊だ、精霊」

 ふんっとドヤ顔で言われ、風香は思わずぽかんと口をあけてしまった。


「なんだ、その間抜け面」

「精霊……」

「ふふんっ。そうだぞ、この気品のある姿、にじみ出る高貴さ、敬うがいい」


 ふっと。風香の口から切ない音がもれ、風香はくるりと相手に背を向け。何事もなかったかのように若干冷えた体をざぶりと湯に戻した。


精霊……

カピバラが精霊。


「無視するなっ」

「なんというか――もっとキラキラしい生き物だと思っていたのに。

線が細くて、羽がひらひらしているような……ふわふわと飛ぶたびに粉々しい何かをふりまいちゃうような、そんなイキモノを夢見ていたのに」

 ファンタジーな世界の精霊といえば、葉っぱのドレスの可愛い小さな女の子ではあるまいか。腰に小さな手を添えたツンでデレな感じの。

 

夢見がちな乙女という訳では無いが、風香はなんだかいろいろと残念な気持ちになってしまった。


おっさん顔のカピバラが精霊……夢も希望もありはしない。


自称精霊のカピバラはバスタブに身を沈めて背中を向けた風香に、憤慨するようにわざわざバスタブの周りをぐるりと歩いてまわり、風香の前にくると、どってりと大きな尻を床に落として言った。

短い手をにょっと伸ばす姿は――可愛いといえばちょっと可愛い。


「それより、風香。風呂入れろ。俺様は風呂が好きだ」


――あー、そうですね、カピバラと言えば頭にタオル乗っけて温泉に入ってそうなイメージだ。

 あくまでもイメージ。温泉サルの頭の上にタオルが乗っているのと同義程度の。


「ノミとかついてない?」

「俺様を何だと思っているっ」

 風呂に突然入れろという傍若無人な要求に、風香はやれやれと立ち上がり自分は浴槽から抜け出し、自称精霊のカピバラを持ち上げ、風呂の湯に落とした。


「おまっ、優しさはないのか、優しさはっ」

「そんなものは地球に落として来たから。

そんなことより、どうしてあたしの名前知っているの? というか、やけに馴れ馴れし過ぎやしませんか?」


 カピバラ精霊との会話が楽しい訳もなく、風香はさっさと置かれているバスタオルを体に巻きつけて隣室の扉へと歩いていこうとすれば、カピバラは「ちょっ、まて」と声を荒げた。

「俺様は、アレだ。ホレ、魔法使いの、クリストファーの使いだよっ」


 突然飛び出した名前に、風香は思い切り眉間に皺を刻みつけた。

クリストファー、それはアレだ。

祖父ちゃんに借金を踏倒された挙句物凄く根にもっている育ちのよさそうなカツアゲである。

――いや、もとはといえば祖父ちゃんが悪いのだからカツアゲではないだろう。正確に言うのであれば借金取り。

 人への恨みつらみをことこまかに日記に書き記し残すという、性格はあまりよろしくない人物だ。


「なに? もしかしてまた金返せって?」

 言っておくが金ならない。

拳を握って断言できる風香だ。


 日本に戻ればお年玉やらバイトやらでせこせこと溜め込んだ幾ばくかの貯金が存在しているが、悲しいかなこんな場所でそれが何の意味があろうか。

「いや、そうじゃなくて……」

 何故かクリストファーのお使いだとかいうカピバラは焦った風に首をふり、小さな手をわしわしと動かした。


「そうっ、そうだ。

お前にいい話があるんだよ」

「なに? それで借金をチャラにしてくれるならきいてみてもいいけど」

 随分とはっきりとした手の平返しだ。

あの守銭奴っぽい男が、突然いい話? なんとも胡散臭い。

風香はずいと身を乗り出し、詳しい話を聞きだそうとしたのだが――はたりと気付けば、なにも風呂場で話す話題でもない。なんといっても、風香ときたらバスタオル一枚というありさまだ。


 それに気付けば更にむかむかとしたものがこみ上げる。

精霊といえども他人が入浴中に入ってくるなど、無作法にも程がある。さすがの祖父ちゃんだって他人の風呂に入ってきたり――は、したかもしれない、タエ祖母ちゃん相手なら。このたとえは却下だ。


「とにかく、話はあと。

あたしの部屋で。

こんな場所でする話でもないでしょうし。風邪ひきそう」

 風香はさっさと身を翻したが、湯船のカピバラはばしゃばしゃと暴れた。


「ちょっ、待てよ風香っ。

俺は水がないと駄目なんだよっ。たっぷりとした水場じゃないとこうやって顔を出せないんだ」

「あー、それで風呂場か」

 じたばたと暴れるカピバラに、風香はやれやれと肩をすくめた。

「じゃあ、たっぷりと水を用意しておけばいいのね? それともお湯限定?

ああ、水でもいいのね。

判った」

 理解を示した風香に、カピバラはほっとした様子で肩を落とした。


「じゃ、俺様は久しぶりの風呂を堪能してから行くからよ」


 途端にレジャー感覚まるだしのおっさんカピバラにひらひらと手を振った風香だが――果たしてたっぷりの水とはどの程度たっぷりとしていればいいのか。


自室に戻り、水差しをもちあげてみるが、コレはたっぷりとはちょっと言えない気がする風香は、じっくりと悩んだ挙句適当なモノに水をたっぷりとくみあげた。



「って――トイレ壷はやめろっっっっ」

「いや、毎日綺麗に洗われてるからいいかなって。

それに日に当てておいたしまだ使ってないし」

「ぶっ飛ばすぞ、この馬鹿女っっっ」


――カピバラといえども不浄は許せないらしい。








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