その1
人生二十一年――はじめて覚えた貞操の危機までもが女でありました。
いや、それで言うのであればもう少し巻き戻して初めての口付けも女でした。一度は軽くでしたが、二度目はそれはそれは農耕――ではなく、濃厚なベロチュー……
のろわれているのは果たして風香であるのか、いやいややはり祖父ちゃんか。
というか、祖父ちゃんはいっそのことミジンコにでも転生してしまえ。
ゾウリムシでも可。
ああ、それだと顕微鏡で見ないと駄目か。そんないるのかいないのか判らないものより、もういっそのこともうちょっと進化させて雌雄同体のぬめっとしたイキモノでもいいですよ。一匹でオスもメスも兼任の究極のボッチ。子作りも一人で完結しちゃっていそうなやつ。
祖父ちゃん人生からタエさん要素を少しでも排除してしまえ。
「風香、その格好はいったいどうなっているんだ」
その日、西洋風の白を基調とした優雅な食堂はドーンの驚愕に満ち溢れた怒声で始まった。
ドーン大叔父の反応は少しばかり予想していたが、やはり先に着席していたヘレン曾祖母ちゃんの困惑に溢れた表情をみると、少し早まったかのような微妙な気持ちを抱いた風香だ。
こちらに来て着用している衣装といえば、大抵が憎っくき祖父ちゃんのお古の衣装をもったいないからという理由で着用していた。
ということで――
「祖父ちゃんの服、リメイクしてみました」
昨夜のうちに何本もズボンをぴりぴりと解き上げ、生地にしたものを切っては縫い付けてをくりかえしてできたのは、簡単なタイトなスカートだ。
侍女に「ミシンってある?」と聞いてみたが、案の定「何ですか?」という返答が返された。自動言語変換機能があろうとも、存在しないモノは存在しないらしい。
魔法はあるのにトイレもミシンも無い微妙な世界に風香的に涙が禁じえません。
仕方なくお世辞にも綺麗とはいいがたい縫い目でもってやっとこ完成させたのがちょっと微妙なタイトなスカート。プリーツ式のものに手を出すには技術も時間も無い。
更に言えば決して人様には見せられないような残骸の山も築きあげたが、すでに証拠は隠滅した。暖炉のある生活って素敵だと思う風香だ。
とにかく、とりあえず作成されたタイトなスカート。
もう決して世の中に一番ちゃらんぽらんで忌々しい「ヴィスト」などと呼ばれてなるものかと、今はうっすらと化粧もしているし、普段は放置している髪も丁寧に櫛を入れて表層だけを掬い上げて三つ編みにして結わくという【女】を全面に押し出す念の入れよう。
これで風香のことを男などと認識する人間はいない――筈だ。
例え女にもう一度襲われるようなことがあろうとも、決して祖父ちゃんの身代わりで襲われてなどやるものか。
小峰さん家のヴィストさんではなく、風香さんだと知るが良い。
なんだかよくわからないところに力を込める風香をよそに、次の人生はおそらく目つきの悪いハスキーかコモドオオトカゲだと思われるドーンは、口元をひくひくと引きつらせた。
「足を出すな、足をっ」
「うわー、やっぱりそう思う? こっちの世界ってスカート丈長そうですもんね。きっと足を出すとはしたないとか言うと思いました。でも残念――」
風香は相手が怒り出すのは百も承知だった。
ひざ小僧をのぞかせるスカートの裾をぺろりとめくりあげ、
「ストッキングにガーターベルト。決して生足じゃございません!」
きっぱり清清しく言い切ったのだが――どうやらドーンに冗談は通じなかった。
***
「風香、どうしてそうドーンを怒らせるようなことを」
嘆息交じりに言う曾祖母ちゃんヘレンの前で、風香は広げられたドレスの肩口を指でつまみあげ、軽く振って嘆息した。
「曾祖母ちゃん、女の人の服っていったらやっぱこんなのばっかなの?」
ふんわりとしたサテンにビーズが散っていたり、模様が刺繍されていたり。エリスは確かコルセットで胸を押し上げていた。
「一般的な上流階級ではそういったものが流行っているわね」
世界観が中世ヨーロッパは衣装感覚もヨーロッパ――時代劇だというのにタイツをはいてしまうような斬新さが心から欲しいが、それは無茶というものか。
「女性用のズボンとか」
ぼそりといえば、ヘレンは困ったような微苦笑を落とす。
「体の線がでるようなものは好まれないわね。女性の体は隠すものよ――風香はヴィストのズボンをはいているでしょう? あれも本来であれば好ましいものでは……」
つまり、びらびらしているほうが好ましい、と。
「女性がズボンをはいていたらはしたないと思うわ」
頬を染めて視線をそらす曾祖母に若干萌えとはこういうものかとを感じつつ、風香はふと脳裏に思い浮かべていた。
祖母ちゃんは祖母ちゃんでも、曾のつかない祖母ちゃんの小峰タエさんは若かりし頃女学生の制服――いわゆるセーラー服に下はもんぺ姿であったという。
もんぺ姿のタエ祖母ちゃんは……祖父ちゃんには「はしたない」な感じに見えたのであろうか。
「風香?」
遠い目をして遥か彼方、遠い遠い昔の祖母ちゃんと祖父ちゃんとを思い描き、風香はふっと鼻を鳴らした。
どうでも良すぎた。
必死に考えたところでタエ祖母ちゃんを救えないのだ。
風香にできることと言えば、祖父ちゃんを末代まで祟ることしかでき……って、自分かよ。




