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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの(元)婚約者
14/43

その1

――壷……

ええ、壷ですね?


それは見事な壷ですよ。

白磁というのか、つるりとまろく純白の下地にそれそれは綺麗な模様が刻まれ、その文様を金の縁取りが彩りを添える。聞いた話によると、その金色はそのものずばりの金――ゴールドらしく、さぞお高いんでしょうね? なんて下世話なことを尋ねてしまいたい風香だ。


 だが、その壷はあくまでもトイレだった。


ふっと鼻から息をついた。

切ない溜息だ。

人間というのは住めば都だの何だのというけれど、この壷=トイレ生活に慣れる人間がいるとは到底思われない。少なくとも、現代日本のウォシュレットをこよなく愛する人間には。

 自動でフタが開かなくてもまったく問題は無いが、お尻を洗ってくれないどころか水洗でもないこの壷だけは許せない。

 そもそも、魔法が存在する世界だというのに何故にどうして未だにトイレが壷なのか。まったくもって解せない。

 自分が魔法使いであるのならば、このシステムを絶対に変えてみせる。

壷だ。

壷!。


もう少しマシな何かを誰か考えろ、マジで。

ウォシュレットという贅沢は言わない。

いや、心から本当は言いたいが、そこは我慢する。

せめて水洗トイレをもってこい。


「風香様っ」

 侍女の悲鳴も何のその。

風香は使用済みの壷を残念な気持ちで両手で抱えつつ、日課ともいうべき事柄に冷たい眼差しを向けた。

「そのようなことは使用人の仕事です」

「むり」

 たとえ彼女が可愛らしい侍女さんが泣きそうな顔で訴えようとも、絶対に無理。


――使用済みの壷を他人様に片付けてもらうだと?

年老いてよぼよぼになったところで下の世話など他人にしてもらいたくなど無い。譲りに譲ってボケてからにして欲しい。

 最後の防衛ラインは守らせろ。

「ジィちゃんはタエさんのシモの世話なら大歓迎!」突如浮かんでしまった能天気な声の主を頭の中でげしげしと足蹴にし、椎茸パウダーを振り掛けた。

妖怪・退散!


頭の中でスペクタル映画のような一場面を繰り広げていた風香であったが、手の中の生暖かい壷――生暖かいのは抱いている自分の体温である。決してそれ以外の理由でのぬくもりではない――の存在を思い出し、面前の侍女を無視してくるりと背を向けた。


「……」

「……」


 びたりとその足が止まったのは、廊下の反対側を歩いて来ていた叔祖父ドーンが、物凄い目で壷を凝視していた為だ。


「……」


 風香の頭の中で数々の単語が踊る。

じわりじわりと身をよじのぼっていくのは間違いなく羞恥だろう。

体がこわばり、ドーンが何事かを口にするより先に、風香は咄嗟に持っていた壷を抱え込み、相手に投げつけてしまいそうになった。


「風香様っ、それは駄目ですっっっっ」


――理性では勿論、判っていた。


***


「喧嘩でもしたの?」

 曾祖母ヘレンは昼食の席で微妙な空気をかもす風香とドーンの様子に眉を潜め、小さくドーンに尋ねた。

「風香はまだ子供なのよ? ドーンもそうすぐに怒るのは良くないわ――大人としてきちんと風香に優しくしてあげないといけないわよ」


 ちらちらとヘレン曾祖母ちゃんが風香を伺いつつドーンを嗜めると、ドーンはむっつりとしたまま口を開いた。

「大人とか子供とかそういう問題じゃありません」

――あの後の惨劇は記憶から投げ出してしまいたいものだった。


 問題の壷をドーンに投げつけようとする風香。

それを必死に止めた侍女。結果――壷の中身は見事に風香と侍女を濡らし、滂沱の涙を流す侍女と共に風香は風呂場に追いやられた。

 侍女は激しく抵抗したが、風香は必死に謝り倒して共に湯を使ったしだいだ。


 廊下を掃除したのは……誰だか判らない。

まさかのドーンだったらと思うと風香は恐ろしくて聞き出せていないのだった。

いや、きっと他の使用人が始末をつけたことだろう。

そうに決まっている。


「もぅっ。あなたも来年には二十歳なのよ。そう子供のように意固地になるものではないわ」

 嘆息混じりに首をふるヘレンの言葉に、風香はがしゃりと二又フォークを打ち鳴らし、大きく目を見開いてヘレンを見返した。


「あの、ヘレン曾祖母ちゃん」

「あら、なあに?」

「今……ドーン叔祖父さんのこと、二十歳前とか、言った?」

 食器に触れる二又フォークがかたかたと音をさせるのを無視し、風香は引きつった表情で確認するように聞き返した。

 面前のヘレンは小首をかしげ、にっこりと微笑む。

「ええ。年のはじめに十九になったの」


「はぁぁぁぁ?

そんなに偉そうなのに、実はあたしより年下っ!」


 風香は何のタメもなく大きな声で言ってしまった。

「え……」

「だってあたし二十一」


 なんと二歳も年上であったとは。

フォークを握りこんだまま指先で自分を指し示し、勝ち誇ったように言う風香に、ドーンは冷たい眼差しを向けつつぼそりと言った。


「大人気ない」


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