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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの友
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その1

――一年前に失踪した息子が死んだと聞かされたヘレン曾祖母ちゃんは、二日程のあいだふさぎ込み、部屋に引きこもってしまっていたものの、三日もたつと風香へと笑顔を向けてくれるようになり、一週間も過ごせば自分の知らない息子のことを曾孫に尋ねるようになった。


「まぁ、八十一……長生きしたものね」

 そう言うヘレン曾祖母ちゃんは、おそらく未だ四十代だと思わせる。

風香の母よりも若く見える程だ。

「祖父ちゃん無駄に頑丈だったから。病気もしないでぴんしゃんしてて、しょっちゅう天国の祖母ちゃんに話しかけては早く会いたいって言ってました」

 さらりと言っているが、母親へと伝える息子の話としてなんだかまずいような気もするが、事実なので風香は脚色ひとつ添えることなく伝えることにした。

 いや、たとえ事実といえども曾祖母ちゃん相手には決して言えないこともあるが。


「ヴィストの奥さん……風香のお祖母さまは、きっと素敵な人だったんでしょうね」

 瞳を細めて微笑する曾祖母ちゃんの言葉に、風香とドーンはなんとなしに視線を逸らしあった。


――というのも、その素敵な奥さんであるところのタエさんの指輪に封じられた録音声を聞いてしまったのは、つい一昨日のことであった為だ。


いわゆる、なんというか、うん……だめな感じの声を。


気持ち的にはアレだ。

何の意識もしていない時に、何気なくテレビの外部入力を押したら偶然入っていたAVとかが流れてしまった現象に近い。


――風香っ、聞いてよっ。

 友人の飯塚なつるが以前憤慨していたことも思い出してしまった。

「誠ちゃ――叔父さんの家の片付けして、デッキが使えるかどうかためしたらアダルト映像が流れたんだよっ」

 それを聞いた時は爆笑したものだが、当事者になると尋常でなくイタタマレナイ。

まさにアイタタタ。


 ドーンは指輪から流れる声の内容に呆然自失の様相を見せ、風香は完全にパニックに陥った。

どうやればこの、かなり問題のある祖母ちゃんの声を止めることができるのかと「うわーっ」と叫び、指輪を引き抜き、あげくげしげしと幾度も踏みつけた。


 祖父ちゃん自身を踏みつける気持ちで。

 勿論「祖父ちゃんの馬鹿野郎っ。死ねっ。死にさらせっ! 地獄に堕ちろぉぉぉ」という暴言すら、とめどなく溢れたのは言うまでもない。

 風香はやっと聞こえなくなった声に肩を上下させ、がばりとドーンを振り返って咄嗟にぺこぺこと何度も頭を下げつつ、叫んだ。


「忘れてっ。

今のは忘れて下さい。ごめんなさい。悪いのはうちの祖父ちゃんなんですっ。

祖母ちゃんは悪くないからっ。お願いだから忘れてあげてっ」

 祖母ちゃんの名誉の為に必死に謝り倒したが、生憎と同時通訳の指輪は足の下。ドーンは風香が何を言っているのか理解しているのかいないのかわからなかったが、とりあえずぺこぺこと頭を下げる様子に「もういい」というような言葉を口にし、風香の体を軽く押すようにしてずらし、踏みつけの刑に処された指輪を拾い上げると、それを風香の指へと戻した。


「いや、でもっ。これって突然この声がまた流れたりしたら凄い困るっ」

 指輪が無いと会話ができない。

だがしかし。こんな風に突然祖母ちゃんの声が流れた場合、風香はもう羞恥でどうにかなってしまうことだろう。

 一人の時や、最悪ドーンと二人きりであればなんとか乗り切れる。

だが、曾祖母ちゃんと一緒の時に作動した場合……どう説明するべきだろうか。


「あなたの息子、駄目駄目ですわー」


 なんて笑っている場合では無い。

半泣きの風香に、ドーンは眉間に皺を寄せてしばらく何事かを考えている風だったが、やがてゆっくりと口にした。


「ヴィストの指輪、ということはこの指輪をヴィストは身につけていたのだろう?」

「身に着けていた、というか鎖に通して首からぶら下げていました」

「そう。この指輪は指にはめるとこちらに戻れるように術式が組まれていた。

だからドーンは指輪自体をはめることはしなかったのだろう。

だが、言葉を翻訳する為に普段から肌に触れるようにしていた筈だ」

 その言葉に、風香はこくこくとうなずいた。


「風香。先ほどおまえがヴィストの妻の名を呼んだ時に術式が始動したように思う。

思い出して欲しいのは、ヴィストはその名を口にしないようにしていたのか? その名を口にすることで発動するのであれば、ヴィストはその名を呼ぶことは――少なくとも人前で名を呼ぶことはなかった筈だ」


 淡々と問われる言葉に、風香はじっと指にはめられた指輪を見つめた。

思い出すまでもない。

「いえ、祖父ちゃんは祖母ちゃんをしょっちゅう名前で呼んでました」


――毎日毎日、飽きることなく。

亡くなった祖母の名を呼び、仏壇に向かい「タエさーん。祖父ちゃん寂しいよ」とせつせつと訴えていた。

 ものすごくじめじめとなめくじのように。

今更だが塩をかけてやれば良かったと後悔ばかりがふりつもる。


「では、その名前と同時にもうひとつ――何か始動する鍵がある筈だ。

名を呼ぶ程度では発動しないのだろう」

 言われて、風香は下げていた視線をちらりとドーンへと向け、おそるおそる「タエさん」と名を唱えてみた。


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