表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/152

134 そして全員集合、最終決戦へ


【19:40】


「親分、そろそろですぜ」

 クロが俺に耳打ちをする。


 ぞろぞろと、大人達が足を運んでいく――その姿を眺めて。

 ひそひそと、声を潜め。そして、無責任に呟く奴らを見やって。





 ――芦原先生、もう終わりかしら。

 ――前代未聞の不祥事だよ。議員辞職は免れないね。


 ――教頭先生が、被害者の子に手を誘うとしたんでしょ?

 ――それが偽情報って話もありますよ。


 ――え? だって、COLORS(カラーズ)と一緒に出演して。報道までされたんでしょ? 流石に、それが偽情報って、流石にあり得ないんじゃ?


 ――それが情弱ってヤツなんです。テレビの視聴率稼ぎですよ。COLORSも、3人体制になってから、ちょっと落ち目になってきてるでしょ? レコード会社や、テレビ局が躍起になっているんです。だって、考えてみてくださいよ。生徒会長の芦原君がそんなことをするワケないじゃないですかー。


「そんなの、説明会を聞いてから考えれば良いんじゃないっすか?」


 周囲の遠慮を余所に、デリカシーなく声を響かせるのは、不動産会社【TA()JI-MA(ジーマ)HOUSE(ハウス)】の社長。元、朱雀春風の鉄砲玉(マグナム)こと田島辰彦――タコだった。


「おほん」


 咳払い。タコが用務員のおっちゃんに止められた。


「この説明会は、あくまで保護者及び学校関係者が対象です。報道関係及び、興味本位の一般人の参加もご遠慮頂いています。どうかご理解ください」

「なんでスか? 俺はこの学校のOGだから、説明会を聞く権利はあると思いますよ?」


 OGは、女性だろ? 卒業生を意味するのなら、OB――Old Boyだ。このジェンダーの時代、些細なことだと思うが、すでに子女として活きるのなら、紳士としてはエスコートは――したくない。


「いや、流石に特攻服でのご臨席は――」


 そうなのだ。この愛すべきおバカは、雪姫嬢があれほど言ったのに、特攻服で来やがったのだ。


「タコのばかぁぁぁっ!」


 血相を変えて飛んできたのは、大地パパに春香ママ。流石にあれだけ雪姫嬢に言われたからか、フォーマル――スーツに着替えていた。


「すぐ、着替えさせますんで!」

「いえ、そもそも。保護者以外方の来場はご遠慮を――」

「ということは私達も入れないのかい?」

「そんな話は、()()の人から聞いていないけどね?」


 声をかけたのは、町内会・会長の源爺さん。副会長の梅婆さんだった。


「僕らは良いよね?」


 ひょいと、顔を出したのは、光坊と彩音嬢。瑛真嬢、音無嬢、空坊に翼嬢、Kゴリ、COLORSのフルメンバーが勢揃い。でも、用務員のおっちゃんは、やっぱり動かない。


「いえ、今回の対象は保護者の方のみです。生徒の皆さんは、自宅で待機を――」


 ふんわり。

 俺の鼻腔をこれでもかと言うくらい、甘い匂いが刺激する。


 こんこんこん。

 二人分の足音が響く。


 見れば――。


 冬希は縁が金刺繍で描かれた、黒いジャケットを着込んで。いつもは髪が、両目が隠れるか隠れないか。それが、今日はしっかりとセットされ、その双眸をしっかりと覗かせる。


 雪姫嬢は、春物モスグリーンのワンピース。翠嬢のステージ衣装を借り受けたものだった。その髪は、冬希のスタイリング済み。軽めにメイクも施され、その唇は艶やかで。


 今から、ステージに立って、ライブが始まるのと言われても驚かないレベルで、周囲は惹き込まれていた。

 ポカンと。そして、あんぐりと守衛のおっちゃんは口を開けた。


「いつも、ありがとうございます」


 雪姫嬢が、ペコリと頭を下げた。


「……し、下河さん?」

「はい」


 にっこりと雪姫嬢は微笑む。

 守衛のおっちゃん。もとい用務員のおっちゃんに、雪姫嬢がいつも挨拶する光景を、俺は良く見かけていた。それは、まだ冬希と出会う前の物語。


 用務員の彼を無視したりバカにする学生が多いなか、雪姫嬢は挨拶を続けていた。その少ないお人好しに、冬希や光坊達が含まれていたワケだが。


「あ、あの。下河さん、今日は――」

「はい、しっかりお話を聞きにきました。だって、私のことですから」

「いや、でも、生徒は自宅待機ともう決められていて。教頭先生にも言われていることで――」


 その言葉で、腑に落ちた。あの教頭(ハゲ)、まだ偉そうにふんぞり返っていたのか。呆れて、鳴く声も出ない。


「雪姫? 用務員のおじさんだっけ? COLORSのファンって?」

「違うよ、冬君。用務の先生のお孫さんが、だよ」


 つんつん、雪姫嬢は冬希の頬を突きながら、訂正する。そう言いながら、雪姫嬢は冬希の目しか見えていない。現在進行形で、二人だけの世界。甘すぎて、俺の鼻がもげそうだった。


「そういうことなら俺たちの出番――」

「「だね」」


 ニパッと笑顔を浮かべるのは、蒼司坊。そして声をハモらせる朱音嬢と翠嬢だった。

 一瞬、四人の視線が絡む。


「蒼司です」

「朱音です」

「翠です」

「真冬です」

「「「「4人そろって、COLORSです」」」」


 ポージングまで完璧。今回は冬希が、完全にノリノリだった。どうやら、少し吹っ切れたらしい。


「はい、冬」


 と小春ママがさりげなく、色紙とサインペンを取り出して蒼司坊に渡す。


「へ? へ?」


 おっちゃんが、目を丸くするのを尻目に、COLORSの四人は色紙にサインペンを走らせた。流石に、右肩の折れている冬希は、色紙を雪姫嬢が支えていた。もともと器用なヤツだ。右利きだが、両利きと言って遜色がないほど、左手でも文字を書けるし、箸だって使える。


 ――ダメだよ。無理して、変に力を入れたら、治るものも治らないんだからね?

 ――でも、練習したから、もう食べられ……。

 ――だめ。冬君のこと、お世話するのは私なの。はい、あ〜ん。


 これは今日のお昼の光景。

 あぁ、俺の耳がウサギ並みに長かったら。目まで覆い隠したい。そうクロに愚痴ってみれば……。


 ――ウサギ・ネコともに、聴力は優れてますぜ? でも、ウサギの方が広範囲に声を聞き取れるのは確か。親分、遠くにいても、雪姫嬢と冬坊の声を聞き取れること受けあいですね!


 クロがそんな風に言うものだから、なおゲンナリだ。

 だって、あいつら。息を吸うように、触れ合って、キスするんだぞ? そこに居合わせる俺の気持ちを答えよ。


 手を握り合って、それでも友達とか言い張っていた、あの二人はドコに行ってしまったんだ?


(……ま、遅かれ早かれそうなるのは、目に見えていたけどさ)

 

 冬希は、素直に表情をみせるようになった。相棒が何もかも諦め、そんな表情(カオ)をしなくなったのは僥倖。


 そして、雪姫嬢だ。ようやく、本来の笑顔を見せるようになった。彼女から、ヘドロのような(にお)いはもうしない。でも、それも今後の冬希次第で。


 冬希が、その手を離したら、きっと彼女は奈落の底に落ちてしまう。それぐらいの危ういバランスで、雪姫嬢は立っている。


「お孫さんのお名前は?」


 冬希が聞く。


「え……あ。その、うちの孫は小豆(あずき)って言いまして」

「小豆ちゃん、ね」


 さらっと、そう言いながら、サインペンを走らせる。雪姫嬢が少しだけ、頬を膨らませて、冬希の腕に触れる。


 視線が交わって。

 呟く。


 ――ヤダ。冬君が他の子の名前呼ぶの、なんかイヤ。

 ――そんなの、雪姫が一番に決まっているでしょ? 


 ――でも、他の子のことを名前で呼ぶのが、ちょっと複雑。

 ――その子をリアルで呼んでいるワケじゃないからね?


 ――分かってるけど。

 ――俺にとって雪姫が誰よりも特別だから。


 そう言葉を交わしながら。

 一歩、一歩。


 冬希と雪姫嬢は距離をよりつめて。

 頬と頬が触れて、なお。


 本当に、この子のバランスは危うい。ちょっとしたことで、ひび割れてしまうくらいには。


「はい、どうぞ」


 と蒼司が最後の一筆を走らせた。そして、おっちゃんに色紙を渡す。


「小豆さんによろしくお伝えくださいね」


 ペコリとそう頭を下げて。悠然と、校内に入っていく。でも、相棒。お前らのやり方、いわゆる袖の下――賄賂だからな?


「あ――」


 動き出した人の流れは止められない。

 と、雪姫嬢は小さく、自分の胸を叩いた。ぷるんと、その頂きが揺れて――。


「用務員の先生は悪くないです。ただ、私は自分の話をされるのに、のけ者にされるのがイヤだったんです。本当にごめんなさい」


 ペコリと頭を下げ――そして、雪姫嬢も、冬希と一緒に校内へ。その人の流れに合わせ、俺も――。



「ふんぎゃっ?!」


 俺の尻尾に激痛が走った。


「またお前か、白猫!」


 守衛のおっちゃんが、こめかみに青筋を浮かべていた。学校に侵入すると、必ずと言って良いほど立ち塞がる好敵手ライバル――上等だ。


 だが、雪姫嬢に反論できなかったからと言って、俺への八つ当たりは止めていただきたい。


(……どうせ、あんたも雪姫嬢のことを放っておけないくせに)


 俺は一声鳴いてみせる。

 冬希と雪姫嬢の背中を見守るように、それぞれ天井に向け、拳を突き上げる。


 ――お前らを二人ぼっちで戦わせるワケないだろ?

 雑踏のなか。人の流れのなか。突き上げる拳は、さらに増えていく。





■■■





【19:45】




「親分が雪姫嬢の胸を見惚れているからですぜ!」

「見惚れてない! ただ干渉していただけ――でぇっ?!」


 尻尾に激痛、そして俺は声にならない声での悶絶した。ティアとモモ、二匹とも俺に対して扱いが酷すぎじゃないか?


「本当にルルってみさかいないよね?」

「やっぱりもごうよ、お姉ちゃん!」


 怖いわ、俺のイチモツがひゅんっってなるから、マジ止めて。


「……静かに。親分、姫にお嬢」


 クロは生徒会室の前で足を止めた。

 鼻をひくつかせるまでもなく、ゴミをさらに腐らせたような臭いが充満する。










「報告はまだか?!」


 これは芦原議員の声。社員に雪姫嬢を恐喝しなかったことにさせようとした。その報告を待っているということか。

 待つだけムダだ。あの連中なら、すっかり雪姫嬢に絆されて――。

 今さらながら思う。雪姫嬢は――本当にあの子は、人たらしだ。


「保護者以外は、締め出しているんだろうな?」

「はい、そのように指示を出していますから」


 元教頭は、想像できないくらい低姿勢だ。


「本当に、お前の火遊びには困ったもんだ……」

「あなた……ごめんなさい……」


 しおらしく言うのは、芦原秀実。芦原議員の妻、生徒会長の母にして、この学校のPTA会長。禿末(とくすえ)教頭と不倫の仲であることは、すでにクロが調査済みだ。


禿末(とくすえ)君。君を野放しにしていたのも、選挙で票集めに健闘していくれたからだ。だが……これじゃ、本当にどうしようもない」


「も、申し訳ありません――」

「謝罪は良い。今は、この件を乗り切ろう。教育長、校長と担任に責任を押しつけるというシナリオで問題ないな?」


「はい。予定通り『イジメは確認できませんでした』というシナリオでいきます。ただ、生徒の不安をリサーチできなかった教師の能力には疑問あり。教育委員会が独自調査を実施、追って詳細は公表。担任は異動。校長は責任を取って辞任――これが、落とし所でしょうな。坊ちゃんの経歴も、これなら傷つかないでしょう」


「妥当だ……まぁ、あのバカには後できつくお灸をするとして。まずは今回の件を乗り切ろう。小娘は消してしまえ。《《下河雪姫は自殺》》したんだ。遺書も用意させておけ。今日中に、このクソッタレな案件は片付けるぞ。分かったな」


「「「「はっ」」」」


 爪が床に食い込むんだ。ギラギラした殺気を抑えられないのは、俺だけじゃない。

 ココにいる全員の目が、ギラギラ炎を灯していた。


(上等だ――)

 そっちがその気なら、こっちも容赦しない。




■■■





 カチン、カチンと廊下の柱時計が、時を刻む。


【19:47】


 カチン、カチン。


【19:48】


 カチン、カチン。

 秒針が、分針が刻む。


 くるくる回って。

 ぐるんぐるん回って。


 カチン、カチンと、時を刻んで。






■■■






 カチン、カチン。

 時を刻み――。


 たんたんたん。


 (オレ)たちが、校舎内を静かに駆ける。

 





■■■




【20:00】

 柱時計が、ボォンボォンと唸るように時を告げ――。

 夜の校舎内に、そんな音が残響し続けて――。

 









 ――かくして、保護者説明会(最終決戦)は静かに幕を開けたのだった。


 

 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ