134 そして全員集合、最終決戦へ
【19:40】
「親分、そろそろですぜ」
クロが俺に耳打ちをする。
ぞろぞろと、大人達が足を運んでいく――その姿を眺めて。
ひそひそと、声を潜め。そして、無責任に呟く奴らを見やって。
――芦原先生、もう終わりかしら。
――前代未聞の不祥事だよ。議員辞職は免れないね。
――教頭先生が、被害者の子に手を誘うとしたんでしょ?
――それが偽情報って話もありますよ。
――え? だって、COLORSと一緒に出演して。報道までされたんでしょ? 流石に、それが偽情報って、流石にあり得ないんじゃ?
――それが情弱ってヤツなんです。テレビの視聴率稼ぎですよ。COLORSも、3人体制になってから、ちょっと落ち目になってきてるでしょ? レコード会社や、テレビ局が躍起になっているんです。だって、考えてみてくださいよ。生徒会長の芦原君がそんなことをするワケないじゃないですかー。
「そんなの、説明会を聞いてから考えれば良いんじゃないっすか?」
周囲の遠慮を余所に、デリカシーなく声を響かせるのは、不動産会社【TA・JI-MA・HOUSE】の社長。元、朱雀春風の鉄砲玉こと田島辰彦――タコだった。
「おほん」
咳払い。タコが用務員のおっちゃんに止められた。
「この説明会は、あくまで保護者及び学校関係者が対象です。報道関係及び、興味本位の一般人の参加もご遠慮頂いています。どうかご理解ください」
「なんでスか? 俺はこの学校のOGだから、説明会を聞く権利はあると思いますよ?」
OGは、女性だろ? 卒業生を意味するのなら、OB――Old Boyだ。このジェンダーの時代、些細なことだと思うが、すでに子女として活きるのなら、紳士としてはエスコートは――したくない。
「いや、流石に特攻服でのご臨席は――」
そうなのだ。この愛すべきおバカは、雪姫嬢があれほど言ったのに、特攻服で来やがったのだ。
「タコのばかぁぁぁっ!」
血相を変えて飛んできたのは、大地パパに春香ママ。流石にあれだけ雪姫嬢に言われたからか、フォーマル――スーツに着替えていた。
「すぐ、着替えさせますんで!」
「いえ、そもそも。保護者以外方の来場はご遠慮を――」
「ということは私達も入れないのかい?」
「そんな話は、ウチの人から聞いていないけどね?」
声をかけたのは、町内会・会長の源爺さん。副会長の梅婆さんだった。
「僕らは良いよね?」
ひょいと、顔を出したのは、光坊と彩音嬢。瑛真嬢、音無嬢、空坊に翼嬢、Kゴリ、COLORSのフルメンバーが勢揃い。でも、用務員のおっちゃんは、やっぱり動かない。
「いえ、今回の対象は保護者の方のみです。生徒の皆さんは、自宅で待機を――」
ふんわり。
俺の鼻腔をこれでもかと言うくらい、甘い匂いが刺激する。
こんこんこん。
二人分の足音が響く。
見れば――。
冬希は縁が金刺繍で描かれた、黒いジャケットを着込んで。いつもは髪が、両目が隠れるか隠れないか。それが、今日はしっかりとセットされ、その双眸をしっかりと覗かせる。
雪姫嬢は、春物モスグリーンのワンピース。翠嬢のステージ衣装を借り受けたものだった。その髪は、冬希のスタイリング済み。軽めにメイクも施され、その唇は艶やかで。
今から、ステージに立って、ライブが始まるのと言われても驚かないレベルで、周囲は惹き込まれていた。
ポカンと。そして、あんぐりと守衛のおっちゃんは口を開けた。
「いつも、ありがとうございます」
雪姫嬢が、ペコリと頭を下げた。
「……し、下河さん?」
「はい」
にっこりと雪姫嬢は微笑む。
守衛のおっちゃん。もとい用務員のおっちゃんに、雪姫嬢がいつも挨拶する光景を、俺は良く見かけていた。それは、まだ冬希と出会う前の物語。
用務員の彼を無視したりバカにする学生が多いなか、雪姫嬢は挨拶を続けていた。その少ないお人好しに、冬希や光坊達が含まれていたワケだが。
「あ、あの。下河さん、今日は――」
「はい、しっかりお話を聞きにきました。だって、私のことですから」
「いや、でも、生徒は自宅待機ともう決められていて。教頭先生にも言われていることで――」
その言葉で、腑に落ちた。あの教頭、まだ偉そうにふんぞり返っていたのか。呆れて、鳴く声も出ない。
「雪姫? 用務員のおじさんだっけ? COLORSのファンって?」
「違うよ、冬君。用務の先生のお孫さんが、だよ」
つんつん、雪姫嬢は冬希の頬を突きながら、訂正する。そう言いながら、雪姫嬢は冬希の目しか見えていない。現在進行形で、二人だけの世界。甘すぎて、俺の鼻がもげそうだった。
「そういうことなら俺たちの出番――」
「「だね」」
ニパッと笑顔を浮かべるのは、蒼司坊。そして声をハモらせる朱音嬢と翠嬢だった。
一瞬、四人の視線が絡む。
「蒼司です」
「朱音です」
「翠です」
「真冬です」
「「「「4人そろって、COLORSです」」」」
ポージングまで完璧。今回は冬希が、完全にノリノリだった。どうやら、少し吹っ切れたらしい。
「はい、冬」
と小春ママがさりげなく、色紙とサインペンを取り出して蒼司坊に渡す。
「へ? へ?」
おっちゃんが、目を丸くするのを尻目に、COLORSの四人は色紙にサインペンを走らせた。流石に、右肩の折れている冬希は、色紙を雪姫嬢が支えていた。もともと器用なヤツだ。右利きだが、両利きと言って遜色がないほど、左手でも文字を書けるし、箸だって使える。
――ダメだよ。無理して、変に力を入れたら、治るものも治らないんだからね?
――でも、練習したから、もう食べられ……。
――だめ。冬君のこと、お世話するのは私なの。はい、あ〜ん。
これは今日のお昼の光景。
あぁ、俺の耳がウサギ並みに長かったら。目まで覆い隠したい。そうクロに愚痴ってみれば……。
――ウサギ・ネコともに、聴力は優れてますぜ? でも、ウサギの方が広範囲に声を聞き取れるのは確か。親分、遠くにいても、雪姫嬢と冬坊の声を聞き取れること受けあいですね!
クロがそんな風に言うものだから、なおゲンナリだ。
だって、あいつら。息を吸うように、触れ合って、キスするんだぞ? そこに居合わせる俺の気持ちを答えよ。
手を握り合って、それでも友達とか言い張っていた、あの二人はドコに行ってしまったんだ?
(……ま、遅かれ早かれそうなるのは、目に見えていたけどさ)
冬希は、素直に表情をみせるようになった。相棒が何もかも諦め、そんな表情をしなくなったのは僥倖。
そして、雪姫嬢だ。ようやく、本来の笑顔を見せるようになった。彼女から、ヘドロのような臭いはもうしない。でも、それも今後の冬希次第で。
冬希が、その手を離したら、きっと彼女は奈落の底に落ちてしまう。それぐらいの危ういバランスで、雪姫嬢は立っている。
「お孫さんのお名前は?」
冬希が聞く。
「え……あ。その、うちの孫は小豆って言いまして」
「小豆ちゃん、ね」
さらっと、そう言いながら、サインペンを走らせる。雪姫嬢が少しだけ、頬を膨らませて、冬希の腕に触れる。
視線が交わって。
呟く。
――ヤダ。冬君が他の子の名前呼ぶの、なんかイヤ。
――そんなの、雪姫が一番に決まっているでしょ?
――でも、他の子のことを名前で呼ぶのが、ちょっと複雑。
――その子をリアルで呼んでいるワケじゃないからね?
――分かってるけど。
――俺にとって雪姫が誰よりも特別だから。
そう言葉を交わしながら。
一歩、一歩。
冬希と雪姫嬢は距離をよりつめて。
頬と頬が触れて、なお。
本当に、この子のバランスは危うい。ちょっとしたことで、ひび割れてしまうくらいには。
「はい、どうぞ」
と蒼司が最後の一筆を走らせた。そして、おっちゃんに色紙を渡す。
「小豆さんによろしくお伝えくださいね」
ペコリとそう頭を下げて。悠然と、校内に入っていく。でも、相棒。お前らのやり方、いわゆる袖の下――賄賂だからな?
「あ――」
動き出した人の流れは止められない。
と、雪姫嬢は小さく、自分の胸を叩いた。ぷるんと、その頂きが揺れて――。
「用務員の先生は悪くないです。ただ、私は自分の話をされるのに、のけ者にされるのがイヤだったんです。本当にごめんなさい」
ペコリと頭を下げ――そして、雪姫嬢も、冬希と一緒に校内へ。その人の流れに合わせ、俺も――。
「ふんぎゃっ?!」
俺の尻尾に激痛が走った。
「またお前か、白猫!」
守衛のおっちゃんが、こめかみに青筋を浮かべていた。学校に侵入すると、必ずと言って良いほど立ち塞がる好敵手――上等だ。
だが、雪姫嬢に反論できなかったからと言って、俺への八つ当たりは止めていただきたい。
(……どうせ、あんたも雪姫嬢のことを放っておけないくせに)
俺は一声鳴いてみせる。
冬希と雪姫嬢の背中を見守るように、それぞれ天井に向け、拳を突き上げる。
――お前らを二人ぼっちで戦わせるワケないだろ?
雑踏のなか。人の流れのなか。突き上げる拳は、さらに増えていく。
■■■
【19:45】
「親分が雪姫嬢の胸を見惚れているからですぜ!」
「見惚れてない! ただ干渉していただけ――でぇっ?!」
尻尾に激痛、そして俺は声にならない声での悶絶した。ティアとモモ、二匹とも俺に対して扱いが酷すぎじゃないか?
「本当にルルってみさかいないよね?」
「やっぱりもごうよ、お姉ちゃん!」
怖いわ、俺のイチモツがひゅんっってなるから、マジ止めて。
「……静かに。親分、姫にお嬢」
クロは生徒会室の前で足を止めた。
鼻をひくつかせるまでもなく、ゴミをさらに腐らせたような臭いが充満する。
「報告はまだか?!」
これは芦原議員の声。社員に雪姫嬢を恐喝しなかったことにさせようとした。その報告を待っているということか。
待つだけムダだ。あの連中なら、すっかり雪姫嬢に絆されて――。
今さらながら思う。雪姫嬢は――本当にあの子は、人たらしだ。
「保護者以外は、締め出しているんだろうな?」
「はい、そのように指示を出していますから」
元教頭は、想像できないくらい低姿勢だ。
「本当に、お前の火遊びには困ったもんだ……」
「あなた……ごめんなさい……」
しおらしく言うのは、芦原秀実。芦原議員の妻、生徒会長の母にして、この学校のPTA会長。禿末教頭と不倫の仲であることは、すでにクロが調査済みだ。
「禿末君。君を野放しにしていたのも、選挙で票集めに健闘していくれたからだ。だが……これじゃ、本当にどうしようもない」
「も、申し訳ありません――」
「謝罪は良い。今は、この件を乗り切ろう。教育長、校長と担任に責任を押しつけるというシナリオで問題ないな?」
「はい。予定通り『イジメは確認できませんでした』というシナリオでいきます。ただ、生徒の不安をリサーチできなかった教師の能力には疑問あり。教育委員会が独自調査を実施、追って詳細は公表。担任は異動。校長は責任を取って辞任――これが、落とし所でしょうな。坊ちゃんの経歴も、これなら傷つかないでしょう」
「妥当だ……まぁ、あのバカには後できつくお灸をするとして。まずは今回の件を乗り切ろう。小娘は消してしまえ。《《下河雪姫は自殺》》したんだ。遺書も用意させておけ。今日中に、このクソッタレな案件は片付けるぞ。分かったな」
「「「「はっ」」」」
爪が床に食い込むんだ。ギラギラした殺気を抑えられないのは、俺だけじゃない。
ココにいる全員の目が、ギラギラ炎を灯していた。
(上等だ――)
そっちがその気なら、こっちも容赦しない。
■■■
カチン、カチンと廊下の柱時計が、時を刻む。
【19:47】
カチン、カチン。
【19:48】
カチン、カチン。
秒針が、分針が刻む。
くるくる回って。
ぐるんぐるん回って。
カチン、カチンと、時を刻んで。
■■■
カチン、カチン。
時を刻み――。
たんたんたん。
猫たちが、校舎内を静かに駆ける。
■■■
【20:00】
柱時計が、ボォンボォンと唸るように時を告げ――。
夜の校舎内に、そんな音が残響し続けて――。
――かくして、保護者説明会は静かに幕を開けたのだった。




