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133 猫氏は匂いが辿れない



【18:15】


「ちゃんと、お話をしましょう? おじさん達は、私にお願いがあったんでしょう?」


 これは猫から見ても一種、異様な光景だった。


 白――元、朱雀春風こと、町内会青年団有志。

 黒――芦原建設、社員の面々。そして、対峙するように、ベンチに座る雪姫嬢と冬希。その後ろ、横に控えるのは俺たち【家族】とCOLORS、そしておなじみの【アップダウンサポーターズ】だった。


「てめぇ!なに舐めた真似を。お前らも良いなりになってんじゃ――ねぇーよ……」


 語調がどんどん低くフェードアウトしていくのは、少年少女に残念そうな目で見られているから。武器となる、鉄パイプもアーミーナイフも木刀も奪われたとなっては、ただの残念なおっさんでしかなかった。

 俺は、そんな雪姫嬢の膝の上で、丸くなる。


「とりあえず、皆さんの目的は私なんですよね?」


 にっこり笑って雪姫嬢は言う。その手は、しっかりと冬希の手を握ったまま。呼吸は安定。鼻をヒクヒクさせながら、状況をうかがう。


「だったら、何だって――」

「そんな大きな声を出さなくても聞こえてますし、上から物を言われるのは気持ち良くないですね。ルルちゃんのように、大事なお話の時にスカートの中を覗くのもどうかと思うけれど」

「ふんぎゃっ?!」


 首を冬希に鷲づかみされた俺は、膝から下ろされる。いや、今は覗いてないじゃん? 男の嫉妬はみっともな――。


「親分……ティアの姫とモモのお嬢にちょっかいを出した猫には、もっとひどい対応を――」

「クロ、お前ちょっと黙って?!」


 参謀が空気を読まなすぎ!


「ふ~ん。そうなんだね?」

「お兄ちゃんは、ちゃんと私達の隣にいるべきだよね」


 両サイドから温度を感じて、むず痒くて。つい俺は尻尾をパタンパタン振る。そんな俺を見て、雪姫嬢がふふっって笑みを溢すから――余計に照れくさい。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 突然、Kゴリが雄叫びを上げる。


「圭吾、どうしたの?」

「光、お前は感じないのかよ。今、イチャイチャの波動を感じた!」

「大國君、うるさい。着席(ステイ)


 雪姫嬢に睨まれて、Kゴリは言われるがまま。ゴリラと言うよりは、犬のよう。冬希、雪姫嬢の表情が見えない立ち位置で良かったな。あれ、人を殺す視線だぞ?


「まずお話を聞かせてください。お父さん達も時間がないと思うし」


 20時から、保護者説明会が始まるのだ。悠長に構えている時間はない。


「いや、俺達なら大丈夫だ。このまま行こうと思っていたから――」

「着替えてから、いくよね?」

「雪姫、これはさ。俺達にとって、特攻服は制服だから! 勝負をキメる時は、これでって――」

「着替えていくよね?」


 人を殺せる視線、第二弾。

 圧。

 圧。

 圧。

 圧迫。


 可哀想なくらい、大地パパが項垂れてしまっている。


「雪姫、そんなに怒らないの」


 そう冬希が囁いて――雪姫嬢の前髪を軽く撫でる。

 ただ、それだけなのに、雪姫嬢の表情が溶けて。幸せの匂いが溢れていく。


 溶け落ちる匂いは緊張だった。


 些細――問題ないレベルだった、浅い息遣いがより深く、より穏やかに変わっていく。

 何気ない素振りを見せながらも、彼女は彼女で、なんとか気持ちを奮い立たせて、この場に座していた。



 ――守られるだけじゃイヤなの。

 ――これは、私の問題だから。

 ――それなら、人任せはイヤなの。

 ――冬君、私を助けて。私を支えて。

 ――冬君がいるから、私は呼吸ができる。


 そんな匂いに入り交じって。

 この気持ちが、どれだけ冬希に伝わって……なんて、思うのは野暮ってモノだ。


 相棒には、全部伝わっている。


 それを証拠に、雪姫嬢から寄り添って、離れない。一番、不安を感じるタイミングで、髪を撫でる。


(相棒、そういうトコだぞ)

 俺は小さく鳴らす。


 肩の骨が折れていようが。

 大人が相手でも。

 多勢に無勢でも。


 ティアを守るために、縄張り争いに食らいついた、どこかの白猫と。うちの相棒は、良く似ていると思ってしまう。






■■■






「単刀直入に言おう。穏便にこの件は終わらせたいと思う。これが社長からの、()()だ」


 芦原建設社員の言葉に、雪姫嬢は感情の色を見せず、ただ真っ直ぐに見やる。


「なんだって?!」

「ふさけんな!」


 声を上げたのは、大地パパにKゴリ。当然だろう、謝罪の言葉なしで、なかったことにしろと言う。暴力でをチラつかせて履行しようとしたのだ。ヤツらには、ハナから話し合いをするつもりなんて、なかったんだ。俺は、爪を剥き出しにして――。


「言いたいことは、理解しました」


 コクンと雪姫嬢は頷く。


「……それならば声明を出してもらうことになる。イジメなんてものはなかった。これは、そもそも誤解でしかないと――」


 この言葉に我慢がならなかったのは、俺だけじゃない。大地パパも【サポーターズ】の面々も、感情を露骨に曝け出して――。


「何か、勘違いしていませんか?」


 雪姫嬢の声は、ただ真っ直ぐだった。


「私は、別に芦原先輩のことは何も思っていません。正直、忘れていたぐらいですし。あの時の中心が芦原先輩がいたことも、知らなかったくらいですからね。だけれど、お願いがあるのなら、それは筋が違う気がするんですよね」

「は?」


 威嚇しようと、声を荒げようとするが雪姫嬢には無意味。だって、常に冬希が雪姫嬢に寄り添っているから。


「お願いがあるのなら、本人が来るべきです。これじゃ、まったくお話になりません」

「ふさけんなっ! こっちは遊びで来ているわけじゃ――」

「ふざけているのは、皆さんの方です」


 静かで。

 まるで、雪道を踏みしめるように。

 一歩一歩、歩むように。

 雪姫嬢は、静かに言葉を紡ぐ。


「皆さんは、自分の仕事を家族に誇れますか?」

「は……?」


「そうやって、鉄パイプやナイフを振り回すのが仕事だって、家族に胸を張っていえますか?」


 黒い陣営達の言葉がつまった。


「私の父は、ちょっと抜けて、家では頼りないところがありますけれど。最高のお父さんだって、言えます。ずっと、私のことを心配してくれていました。冬君とのことも、手放しで応援してくれています」


「いや、ちょっと待って。そこは高校生らしい節度あるお付き合い――」

「大地さん、ちょっと黙ろうね」


 無理矢理、春香ママが大地パパの口を塞ぐ。


「特攻服はダサ過ぎですけどね。それでも、私を守ろうと、一生懸命なのは理解しています。もう一度、お聞きしますね。これが、皆さんのお仕事ですか?」


 雪姫嬢の言葉に、奴らの感情(ニオイ)が滲み出してきて、俺はティア、モモ、クロと顔を見回す。


 ――だって、不景気で。仕事を探そうにも……

 ――誰が手抜き建築をしたいだなんて思うかよ!


 ――俺の仕事って、誰かを脅かすためだったの?

 ――お仕事がんばって、って言われたんだ。今日も、手を振ってさ……


 ――俺は家を建てたいんだ。政治家の票稼ぎとか、本当にどうでも良いし……。


 ――恥ずかしいから、自慢するなよ。「あれ父さんが建てた、ビルなんだよ」って。大きい声で友達(ダチ)に言うなよ。()ずいだろ。


 ――だって仕事をしなかったら、家族を養えない……。

 ――お父さん、大好きって言われたよな……。



 これがオセロだとしたら。

 全部の石が裏返ったわけではないけれど。


 黒が白に。白へ。もっと白へ。どんどん、どんどん裏返って、白で覆い尽くされて――。


 俺は、この光景を目を丸くしながら、見やるしかなかった。







■■■





【18:35】



「それじゃ、お父さん、お母さん。みんな、私達は行くね」


 にっこり雪姫嬢は笑って。冬希もペコリと、頭を下げる。


 何事もないように、雪姫嬢は冬希の右腕に、両腕を絡ませる。


「ねぇ、冬君。うちのお父さんとお母さん、格好良かったでしょ?」

「光のパパさんや黄島のママさんもね」


「冬君のお母さんだってそうだよ。こうやって、ココに来てくれたんだもん」

「うん、ありがとうだね。でも……俺も特攻服着たかったなぁ」

「それはダメ」


「雪姫、大地さんの特攻服に対して、辛辣過ぎない?」

「冬君がグレたら、私が泣くもん」


「ワルい子になって、雪姫をイジメちゃおうかな?」

「イジめるの?」


「そりゃ、悪い子になるから」

「じゃ、私はもっと悪い子になろうかな?」


 ちゅっ。そんなリップ音が響いて――。

 取り残された俺達は目を点にするしかない。


「「じゃ、準備しようか?」」


 冬希と雪姫嬢の声が重なって。

 男泣きの感情(ニオイ)が充満し過ぎて、雪姫嬢の本音に辿れない。


(鬱陶しいったら、ありゃしない!)


 準備って、なにを?

 また、無理しようとしているんじゃ――。


 落ちかけた夕陽の向こう側。

 寄り添った二人の背中。もう、よく見えない。


(雪姫嬢と相棒はいったい何を考えて……?)


 猫以上にネコらし過ぎる振る舞いに、面食らっていると。


 少年少女が――【アップダウンサポーターズ】が。

 その拳を、空に向かって突き上げていた。


(何かを知って――?)



 その影がのびて。冬希達の影と重なって。

 まるで、一緒に拳を突き上げているように見えたのだった。




■■■





 20時の【保護者説明会】開催まで、あともう間もなく。


 もう一波乱がありそうなのに――まるで匂いが辿れず、苛々してしまう俺がいた。


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