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126 キミと奏でるイロトリドリの世界


 整形外科の待合室は、妙に色めき立っていた。


 病院ではお静かに――それは暗黙の了解として、かろうじて守られているけれど……熱気だけはどうしても隠せない。


 患者さん達の視線はテレビに釘付けだった。ただ俺は、必死に視線を外す。できるなら、耳も塞ぎたい。可能なら、診察は日を改めて、ここから逃げ出してしまいたい。


 きゅっと、雪姫に手を握られた。ここに来て、何度か抵抗を試みるが、雪姫は頑なだった。


「予約診療なんでしょう?」

「……そうなんだけどさ」

「自分の都合で勝手にキャンセルしたら、先生や看護師さん達が困ると思うよ」


 反論できない。クソガキ団のお姉さん【雪ん子ちゃん】をリアルに垣間見た気がした。


「それに、明日は土曜日なんだけれど。仮に明日受診できたとしても――私の病院も明日の午前中だよ?」


 そうだった。

 雪と――下河家のみんなと一緒に心療内科に行くと決めた日だった。学校がどんな方針を示すか分からないけれど、心療内科の診断が雪姫の正式登校を後押しするのは間違いない。


「……怖いって気持ちが強いけれど、私は冬君と一緒なら行けると思っていたのに」


 俯かれたら。そしてさらにきゅっと手を握られたら。言い訳は喉の奥に飲みむしかなかった。


「雪姫の病院はちゃんと行くよ」

「冬君の病院もだよ。ちゃんと、肩を治さないとでしょ? 私、ずっと心配しないとでしょ? もちろん冬君を一生お世話はするつもりだけどね」


 雪姫の物言いに、思わずむせ込んでしまう。


「イヤ?」

「いやなワケないって」


 コテンと雪姫が俺の肩に頭を寄せる。いや、整形外科の待合室で何をやっているの、と理性が抗議してくるが――この甘い誘惑には抗えない。今日一日のハードさを考えたら、これぐらい雪姫を堪能しても、きっと罰は当たらない。そう自分に言い聞かせる。


 と、テレビはCMを終え、再び賑やかなワイドショーが再開となる。み、耳を塞ぎたい……。



 ――引き続き、COLORS(カラーズ)の緊急ラジオ番組を振り返りたいと思います! 看板番組でまさかのゲリラ放送。COLORSメンバーは肯定も否定もしていませんが、ゲスト出演していた高校生が、元メンバーの【真冬】ではないかと、SNSでは騒がれています。トレンドワード【真冬さん】はtwetter(ツエッター)で現在も一位!


 やめて、本当に止めてくれ。

 COLORSで俺、地味枠だったじゃんか。なんで今さらトレンド入りなの?!


 ――ここで、COLORS古参ファンの投稿を紹介したいと思います。この方は結成以来、真冬推しだそうです。twetterアカウント【ひかちゃん】さん。

『真冬は演奏技術やダンス、世界観を表現するライブプロデュースもすごいんですが、私の推しはコーラス。それぞれの個性が強いからこそ、真冬のコーラスがまとめてくれるんです。本当に、上にゃん最高っ!』

だそうです。上にゃんって、なに?



 誰の投稿か分かっちゃうよ! 黄島さん、この時間、職員室にいたんでしょ? なにどさくさに紛れて投稿してんの?! あとアカウント名が、想い人ダダ漏れだから!


「この放送聞いた?」

「あなた、COLORSに興味があったの?」


 また待合室が盛り上がってきた。


「孫の推しでね、聴いていたらはまっちゃって」

「真冬君が脱退したの、本当に残念よね。ちょっと音楽性が軽くなった気がするの」


「この放送、見逃したのが本当に残念!」

「あら、スマートフォンのアプリ【ラジ尾】ならいつでも聞けるわよ」


「スマホはよく分からなくて――」

「そういうの青年団に聞いたら教えてくれるから。下河パパも昔はヤンチャだったのに、すっかり良い男になっちゃって」


「それにしても、この学校ってA校?」

「うちの嫁が間違いないって言ってたわ」

「これスキャンダルなんじゃ……」


「生徒会長って、あの芦原議員(せんせい)の長男でしょ?」

「選挙で贈賄疑惑は逃げ切ったのに……コレは終わったわね」


「今日の夜、保護者に向けて説明会ですって」

「ゆっきちゃんって、もしかして……あの【雪ん子ちゃん】?」

「だとしたら許せないんだけど!」


「はいはい、アップダウンサポーターズ参加の方はこちらまでさね」

「梅さん、私も参加するよ!」

「ワシも!」

「「「「「アップダウンサポーターズ」」」」」

「……病院ではお静かに」


 さらに賑やかになり、受付のお姉さんに注意された。眺めていると、雪姫に腕を抓られる。


(……み、見取れてないよ?!)

 可愛い受付のお姉さん、って少しだけ思ったけれど。

 と、雪姫につん、とそっぽを向かれてしまう。より指を絡めて雪姫を引き寄せる。それで、ようやく安堵したように、雪姫は息を漏らした。


「……病院なので、ほどほどに」

 受付のお姉さんに注意された俺達だった。


(……流石にはずかしいっ///)


 そういえば、って思う。町内会副会長の梅さん、腰痛が辛いと言っていたけれど、この整形外科の常連だったのか。ただ、この騒ぎには巻き込まれたくないので、あえて息を潜めることに徹する。


 前も聞いた憶えがあるんだけどさ【あっぷだうんさぽーたーず】……これ一体なんなの?



 ――それでは、ここからは番組内で放映されたミニライブを特別に許可を得てお見せしたいと思います。すでにSNSでは音源化希望の声が多数! COLORSスタッフによると現状、リリース予定はないレア音源です。それではお聞きください、COLORS featuring(フューチャリング) ゆっきちゃん&冬君で【キミと奏でるイロトリドリの世界】!!



(あれ、そのままテレビに流すの?!)


 悶絶する俺を、雪姫はよしよし頭を撫でてくれたが、どうせなら耳まで塞いで欲しい。


「恥ずかしいけれど……格好良い冬君がまた見れるのは、私的にはかなりお得かな?」


 雪姫がニコニコ微笑んで、そんなことを言う。


「……それは、俺も」


 いつ以来だろう。歌うことがこんなに楽しいと思ったのは。思い出して――気付けば、俺まで唇が綻んでいた。






「……イエローカード。病院なので、ほどほどに」

 ついに受付のお姉さんに警告された俺達だった。








■■■







 時間は二時間前――ラジオ終了間際に遡る。ちなみに番組終了後、学校は大混乱。授業どころじゃなかった。保護者会で全ての説明を行うと、その場はなんとか収束。全校生徒下校と相成った。


 もろとん当事者たちは下校させてもらえず、職員室での尋問……いやいや、状況確認が続く。雪姫が一番の当事者であることは間違いないのだが、被害者である雪姫にこれ以上負担をかけたくなかった。


 ――あとはこちらに任せておいてください。

 そう、意味深にサムズアップして見せる音無先輩。


 下河さんが受けた苦痛は、ちゃんとお返ししたうえでOHANASHI(おはなし)しておきますからね。

 そう微笑む。





(怖い、(こぇ)ぇぇっ?!)





 雪姫と音無先輩。怒ったら、いったいどちらが怖いのだろう……そう思った瞬間だった。二人とも、なかなか沸点を見せない。でも逆鱗に触れると、満面の笑顔。そして目は全く笑わないという共通点。





 それはともかくとして――。

 時間は遡る。





「本当に、ゆっきちゃんは良いの?」

「何がですか?」


 蒼司(あおし)の言葉に、雪姫は首を傾げた。


「今なら、恨み言もっと言って良いと思うよ? リスナーのみんなも証人になってくれるはずだし」

「メッセージたくさん、来てますよ。『ゆっきちゃん、応援してます!』『負けないで』それから『俺の彼女になってください』とか――」

「ごめんなさい」


 (みどり)がメッセージを紹介している途中で、雪姫は容赦なく切り捨てた。


「私が好きな人は冬君だし。今日、声や映像だけで私を知ってそう思ってくれたとしても、それは一過性のことなんだと思います。それに蒼司さんの申し出ですが……過ぎたことを今さらどう言っても仕方ないって思っていて。そもそも、あの人達のことを許したいと、微塵も思っていないから」


 淡々と紡がれた言葉は最終通告。そして俺に向けての言葉は、もろ公開告白で。私は冬君しか見てないよ? だから冬君もちゃんと私を見て――そう言われた気がした。


「うん、俺も雪姫が大好きだよ」


 だから、素直にそんな言葉が漏れて。雪姫は一瞬ぽかんとした表情を浮かべて、それから顔を真っ赤に染め「うん」と、はにかみながら頷く。


「……それこそ一過性の感情でなけりゃ良いけどね」


 ぼそりと朱音(あかね)が呟く。今日の朱音はやけに苛々しているように見えた。でも雪姫は特に、気分を害した様子なく、その言葉を受け止める。呼吸は平静だった。


「そう言われないように、冬君を大切にしたいって思っています」


「口ではなんとでも言えるでしょう。だいたい、貴女(あなた)が【ふー】の何が分かるっていうの?」

「今の冬君のことなら、誰よりも理解しているって思いますけど? 私ワガママだから、冬君のこと、もっと知りたいって思っていますし。()()()()()()()でいたくないですから」


「それ、どういう――」

「ちょい、ちょっと、ちょっと待って!」


 間に入ったのはやっぱり蒼司で。COLORSは、思い立ったが吉日の朱音、マイペースの翠、そして内向的で凝り性の俺。俯瞰的に見れる蒼司。メンバーを取りなす蒼司なしで、COLORSは成り立たない。

 まぁ……このラジオ番組がすでに破綻傾向な気はするけれど。


「とりあえず聞きたいことはたくさんありますが、時間も迫ってきました。【COLORSの学校へ行こうぜ】ラストは、ゲストと一緒にミニライブ。【COLORSとLIVE ME DO(ライブ・ミー・デユー)】のコーナー!です」


 蒼司のMCとともに、拍手のSE。そんな蒼司、そしてスタッフさん。久々にプロ根性を見せてもらった気がした。


「えっと、やる楽曲は【息継ぎ】はどう――」

「私は【キミと奏でるイロトリドリの世界】がいいんじゃないかと思います」


 翠が、蒼司の言葉を遮って言う。


「へ?」


 俺は目をパチクリさせる。朱音以上に、翠からも剣呑な空気を感じた。

 【キミと奏でるイロトリドリの世界】は、俺がCOLORS脱退後にリリースした3RD(サード)アルバムに収録されている楽曲である。蒼司に依頼されて、歌詞とアレンジには参加したけれど。当然ながらレコーディングに俺は関わっていない。


「ふー君なら、問題ないでしょ?」


 にっこり翠が笑む。あきらかに一緒に歌いましょうと、その目が言っていた。COLORS脱退後、まともに翠や朱音と会話をしてこなかったのは俺だ。だから、なのか。その目に怒りの感情が宿っているように感じる。


「ま、ゆっきちゃんが難しいのなら、ハミングでも良いからね。私達はふーと歌いたいだけだから」


 そう朱音が言う。雪姫は動じることなく、コクンと頷いた。


「私はそれで大丈夫です」


 明らかにCOLORSからの挑戦状だった。

 【キミと奏でるイロトリドリの世界】はアルバム曲ということで、シングルでは難しい表現に挑戦していた。端的に言えば、この曲はコーラス重視なのだ。普通にカラオケに向かない曲になっている。

 なるほどね、と思う。そっちがその気なら――。


「それじゃ、こっちからも提案。Aメロは雪姫が。Bメロから俺も入る。サビはみんなでいこう」

「は?! なんで、ふーが仕切るのよ?」


 朱音はこの時点でお冠である。何に対して怒っているのか知らないが、この曲を選曲したということは、ボーカルで雪姫を翻弄しようって魂胆が見え見えなワケで。

 日々、ボイストレーニングをしているCOLORSの面々が素人に対して、そんなことを試みたら、不協和音しか生まれない。


 そもそも【LIVE ME DO】というコーナーは「生きよう、一緒に楽しもう」そんな想いをこめて、俺が命名した。


 不登校が原因で自分を責めたり、自ら命を絶ってしまうことがないように。音楽の楽しさ、繋がる嬉しさを少しでも伝えられたら。できたら、ラジオの前のみんなも一緒に歌って欲しい。そんな願いを込めて。


(でも、悪いね)


 俺は小さく笑んだ。

 音楽が流れる。


 イントロはピアノ、ベース、ドラムとシンプルな音構成。

 そしてAメロ。


 雪姫と一緒に過ごすようになってから。正確には、初めて文芸部に行ったあの日から。COLORSの歌を二人で口ずさむようになっていた。料理をしながら、雪姫を膝の上に乗せて抱きしめながら。何気ない隙間時間に、無意識に。

 だから、雪姫も知らない曲ではない。



 ――色なんかない、この世界は退屈で

 ――モノクロ もの悲しく 今日も暗い




「やっぱり、素人ね」

「今は集中しよう? 私もふー君と歌うのを楽しみにしているの」


 朱音と翠の声が聞こえた。お喋りをしている余裕ないと思うけど。そんなことを考える俺は、やっぱり意地が悪い。





 ――それなのに、ズルいよね(そう?)

 ――だって、キミがこの色を塗り替えた(そうだね)





「え……?」


 朱音が狼狽する。翠はポカンと口を開けていた。蒼司まで呆然としている。

 してやったり、とはこういうことを言うのか。


 俺の声と雪姫の声が重なりあって、折り合って。まるで、一つの楽器が奏でるようだった。トレーニングをしている人達からしてみたら素人の範疇。テクニックなんか無い。俺自身、ブランクが空きすぎだ。

 でも、もっと聞いていたい。一緒に歌いたいと思わせる声を、雪姫は持っている。



『冬希兄ちゃんが絡むと、姉ちゃんは兄ちゃん限定チートだよね』


 空君の物言いが可笑しいけれど、言い得て妙で。

 くいくい、と俺は指でCOLORSのみんなを画面越し、手招きする。


 間もなくサビだ。

 そのままぼーっとしていたら、置いていくよ?






 ――キミと奏でる イロトリドリ イロトリドリの世界


 ――こんなにカラフル |draw & Writeドロー・ライト そう、まるでRainbow(レインボー)


 ――キミと描くの イロトリドリ イロトリドリの世界を






 ちゃんと、コーラスについてきたたのは、流石COLORSか。

 でも、次からが本番。コーラスワークはますます難しくなる。


 誰が上手いとか。COLORSらしさとか。真冬であることも。上川小春、上川皐月の子どだって現実も。それすら、本当にどうでもよくなって。




 音楽を紡ぐのは楽しい。

 雪姫、キミと居る時間は本当に嬉しい。何より愛しい。

 今はもう、それしかない。



 


 ――キミと奏でる イロトリドリの世界


 歌詞を書いた時には、まるで思いもしなかった。

 雪姫と一緒なら、世界はこんなにもカラフルだ。

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