11 君の幼馴染に相談してみる
自分で決めた進路だったが、学校はどうも居心地が悪い。遠慮して、スタートダッシュが遅れたのも。ほぼできあがってしまったコミュニティのなかに踏み込む勇気がなかったのも。
だから――。
どうしても休憩時間は、本を読んで気持ちを紛らわす。今の姿を見たら、幼馴染たちはどんな顔をするだろうか。
小さくため息をつく。それだけ、アイツらにフォローされていた、ってことなんだと思うけど。
ルルには相談してみると言ったものの――。
(どう切り出したモノか)
いや、そもそも猫とそんなやり取りしてるってだけで、ドン引き確定だ。
ただ、あながち間違った解釈はしていないと思うのだ。他の猫は鳴いても、何を言っているのかよく分からないが。ルルの声だけは、しっかりと聞こえてくる時があって。
決して、人の言葉を話すとか、そんなことではない。アイツの特徴的な「おあー」という鳴き声。それが、たまたま、目の前でそう言われたかのように、胸の奥底に染み込んでくる。
――だから、お前は鈍臭いんだよ。
本当にルルがそう思ったかどうかは知る由もないけれど。
(鈍臭くて悪かったな――)
ちょっとムスッとして。
でもルルはきっと、本当にそう思っているんだろうなぁ。
俺は本を読む振りをしながら、海崎を追う。いつも周りに誰かいて、賑やかで。陽キャとは、彼のような人種のことを言うのかもしれない。
だからこそ、先日見せた彼の仄暗い表情が忘れられなかった。
(でも――まぁ、良いか)
結局のところ、俺は下河のためにベストを尽くすだけで。コミュニケーションが苦手なことへの言い訳でしかないと自覚しているけれど。
俺は小さくため息をついた。
■■■
「上川は、昼飯ってどうしてるの?」
と人懐っこい顔で、海崎が声をかけてくれて――俺は言葉につまった。
「……だいたい教室で適当に。学食は、人が多くて気が滅入るから」
「あぁ。確かに落ち着かないよね」
うんうん、穏やかに頷く海崎を尻目に、俺はサンドウィッチを取り出した。
「……上川は、それだけなの?」
「一応、野菜ジュースもあるけど」
サンドウィッチは便利だ。片手が空くので、食べながら本を読むのにちょうど良い。
「海崎は何の用なの?」
と俺が聞く。一方の海崎は俺の机で、持参した弁当を一緒に食べる気、満々のようで。
「上川、ピーマンの肉詰め食べられる?」
「食えるけど?」
「あげるよ」
弁当の蓋を皿に、そっと俺に寄越した。
「ありがと――って、お前、嫌いなだけじゃないだろうな?」
「バレた?」
満面の笑顔で言ってのける。コイツは、と思いながらも、有り難く頂戴することにした。
■■■
「で、何の用なの?」
「つれないなぁ」
と海崎は笑顔を絶やさない。が、その表情が少しだけ寂しそうに色を落とす。
「いや、昨日、上川に言われて思ったんだよ。雪姫に何かできなかったのかな、って」
「……」
「でも、やっぱり思いつかなかった。どうして良いのか、今も答えが出ない。上川は雪姫に会えているのに、さ」
俺はもぐもぐとサンドウィッチを食べながら、無言で海崎を見る。
「それなら、今できることは友達の一人として雪姫を待つ。それしかできないかなぁ、って。そう思ったんだ。だから、今は何もできなくても良い。上川、雪姫の様子を時々で良いから、教えてくれないか」
「……」
俺は紙パックのカフェラテに口をつける。甘ったるいはずなのに、まるで味を感じないのは――感情に囚われてしまっているからだと実感する。結局、海崎は過去の下河も今の下河も知っている。かたや俺は今の下河しか知らない。俺はその差に嫉妬しているのだ。
その感情を飲み込む。
自分一人じゃダメなのだ。せめて、下河が当たり前のように笑える環境を作りたい。小説の主人公のように、奇跡を起こすことなんかできない。伏線なんか事前に用意されていないから。主人公の都合の良いように物語は進んでいかない。それが現実だ。
それなら……一人でも多くの味方が必要じゃないか。
下河が前向きでいられるよう――下河にプレゼントをもらってばかりだから――彼女にお返しがしたい。そのためにも海崎と相談がしたかった、朝からそう思っていたじゃないか。
下河が笑ってくれるのなら、どんなことでもする。
俺は深く息を吸い込んだ。
「海崎、あのさ」
「ん?」
「下河のことで相談したいことがあるんだ」
■■■
「あぁ、確かに雪姫はお菓子作りが上手だったよね。どうだった? 美味しかった?」
俺はコクリと頷く。そんな俺を、海崎は羨ましそうに目を細めた。
「スゴイな、上川は」
「え?」
「雪姫って、ああ見えて結構人見知りが激しいんだよ。それなのに、上川は雪姫の領域にそんなに自然に入り込んでしまうんだなぁって。昔の雪姫をどんなに知っていても、今の僕たちじゃ、雪姫と言葉を交わすことすらできない。こっちがアプローチしても発作がおきてしまう。でも上川にはそれがないわけでしょう?」
頷く。幸いと言うべきか。今まで、そういう発作は、玄関から外に出ようとした、その時のみで。それは下河にとって、俺は今まで関わってこなかった他人だから――ついそう思ってしまう。
「雪姫が、お菓子を作って待っていたのは、それだけ上川に安心したってことの現れだと思うよ。彼女は、警戒心が強いけど、信頼できる人には、頼ることができる。ただ僕たちは自ら雪姫のことを遠ざけてしまったんだ――って今さらながらに思うけどね」
「……」
俺は、その点に関しては何も言ってあげられない。
海崎は小さく微笑んだ。大丈夫、この話題はこれでオシマイにしよう、そう言わんばかりに。
「――プレゼント、良い案だと思うよ。お守りになるものだったら、なおさらね。上川は、どんなモノを考えているの?」
俺は昨日、ルルに見せたサイトを海崎にも見せた。俺なりに一生懸命考えたが、相棒の受けが良くなかったのが残念だ。
しかし、よく考えてみればそれは猫相手だ。そもそも相談相手が人選ミスだったのだ。人間――それも雪姫を保育園時代から知る人間が納得してくれたら、このプレゼントで問題ないはずだ。
気を取り直して改めてアドバイスを――と、海崎を見ると、何故か唖然としていた。
「ない。上川、これは無いよ。絶対に無い」
「え、なんでだよ? パワーストーンだからお守りとしても――」
「高価な石よりもさ。上川、君の存在の方が、雪姫にとっては大切なんだと思うよ?」
「いや、意味わかんないし。俺が、パワーストーンよりご利益があるとは思えないし」
俺の物言いに、海崎は思わず吹き出す。ごめん、ごめんと言いながら。俺は笑われた意味がよく分からなかった。
「――確かにね、プレゼントにお金をかけるのも大事だって思うけどさ。雪姫は、上川に気を遣って欲しかったわけじゃないと思うんだよね。お礼を言って欲しかったわけでも、ね」
「……それは。たしかに、下河ならそう言いそうだけど……でも……」
「雪姫は、雪姫なりに上川に『ありがとう』を言いたかったんじゃないかなって思うよ。それなら上川は、上川らしく、お金じゃない方法で、雪姫に気持ちをこめてみたら、どうなの?」
「俺、下河のことほとんど知らないし、だから海崎に相談をして――」
――猫、好きなの? って聞いたらコクコクと頷いた下河。
――……したいです。私も、上川君とLINKのID交換したいです。お友達、なりたいです……。
勇気を振り絞って彼女はそう言った。
――友達って思っていいんですよね?
感情を破裂させながら、自分の気持ちをはっきりと伝えようとしてくれた下河。
あぁ、そうか。昔の下河のことはよく知らないけれど、今の下河なら俺が一番良く知っている。全部、俺だけが知っている下河なんだよな。
そう思うと、強張っていた緊張が解れていく気がした。
特別なことはいらない。
だって、俺のなかでは下河がすでに特別だから。
俺はぐっと拳を作る。
下河が純粋に喜んでくれそうなものを、まずはプレゼントしてみよう。自分なりに考えた、今のベストを。まずそこから始めてみたら良いんじゃないか。素直にそう思えた。
「海崎、あのさ」
「ん?」
「ありがとう」
俺の言葉に海崎は一瞬虚をつかれたように、呆けた表情を浮かべて――すぐに微笑む。
「うん、どういたしまして」
コクリと彼は頷いた。
俺は貪欲で、ワガママで。
もっと下河のことを知りたい。もっと色々な表情を見てたい。でもその素顔を他人には、あまり見せたくない。そんなことを思ってしまう俺は――本当にワガママだ。




