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65.妹の正体



 マイはアウルムに言った。

 自分が強いと、兄に守ってもらえない、と。


「今まで、ずっと弱いふりをしていたのですか……マイさん?」


 ルイスは知ってる。この子の兄が、どれほど妹思いであるかを。

 弱い妹を守るために、必死に、努力してきたことを。


 弱い妹を守るために、危険な場所に飛び込んでいく。その兄の背中を、いったいこの子はどんな気持ちで見た来たのか……。


「マイさん……あなた……」

「なんですかぁ?」

「…………」


 マイがこちらを見てくる。死神が釜を持ち、ルイスの首筋に突き立ててる。

 そんな場面を想起する。


 それでも……。


「……あなたはお兄さんを、騙していた。申し訳ないと、思わないのですか?」


 この旅を通して、シーフが頑張ってきている姿を目撃した。

妹と一緒に最強になる、そのために、頑張ってる彼を見てきた。


ルイスにとってシーフは、弟のような存在になっていた。

だから、マイにさっきのセリフを言ったのだ。


 兄をだまして、なんとも思わないのかと。


「だます? だますってなんですか? わたしは別に弱いフリなんて一度もしてないですよ?」

「けど! あなたは誰に対しても気弱で、臆病なそぶりをしていたじゃないですか!」


「ああ……アレ。別に演技じゃないですよ。わたしは人が怖いです」


 それだけの強さをもっているのに、人が怖い?


「だって、わたしが本気出しちゃったら、みんな簡単に死んじゃうじゃないですかぁ」


 ……驚愕の理由だった。

 自分が弱いから、他人が怖い、のではなかった。


 自分が強すぎるから。

 他人が弱すぎるから。

 だから、他人が怖いのだ。


 ちょいとつついただけで、壊れてしまうくらい、人間はもろいから。

 だから、他人が怖いのだ。ちょっとの拍子で、殺してしまうかもしれないから。


「……人助けしようとしていたのは? あなたはいつも、人を助けようとしてたじゃないですか! あれも嘘なんですか!?」

「嘘じゃないですよぉ。人助けは好きですよ」


 だって、とマイは笑う。


「兄さんが褒めてくれるから♡」


 ……ルイスは、やっと、理解した。

 目の前にいる少女の、本質を。


 最初は、気弱だけど、正義の心を持ってる、優しい女の子だと思っていた。

 でも、違った。


 この子は……。

 けた外れの力を持ちながら、兄への異常な愛を持つ……化け物だ。


 この子は最初から何も偽っていない。

 気弱なのは、強すぎる力で人を壊しかねなかったから。

 人を助けていたのは、兄に好かれたいから。


 彼女は、自分の強さを隠してるわけではなかった。

 強い自分を、前に出さないだけだった。


 そう、彼女は嘘をついていない。

 ただ、事実を伏せていただけ。


 彼女が、化け物であるという、事実。

 ただそれだけを、伏せていた。


「……今の姿を、お兄さんが見たら、どう思うでしょうか?」


 ルイスはマイを理解したが、それでも、彼女の生きざまを許容できなかった。

 なんとかして、まともに戻したい。そう思った。


 でないと、シーフが不憫ではないか。

 弱い妹という、いもしない幻想を、守ろうとしてる……彼が。


 にこぉ、とマイが笑う。


「ねえ、ルイスさん」


 マイが笑っている。でも、目が、笑っていない。


「兄さんに余計なこと言わないでね」


 マイは何もしてない。ただ、怒ってる。

 兄にマイの正体を言ったら、どうなるかわかっているなと、言外に言ってきているのだ。


 彼女の体から湧き出る殺意は、本物だ。

 マイを前にしてるはずなのに、アウルムに睨まれてるような錯覚を起こす。


「それを守ってくれるなら、わたしはあなたを守りますよぉ」


 がたがたがた、とルイスは体を震わせる。

 こんなの、イエスというほかないではないか。


 こくん、とルイスがうなずくのを見て、マイは笑う。


「さ、ルイスさん。手伝って」


 突如、体が動かせなくなる。

 自分の体に、透明な鋼糸が巻き付かれていた。


「ほぅ、鋼糸で傀儡の真似事か」

「えぇ。さぁ、遊びましょうアウルムさん。次は、お人形遊びですよぉ♡」


 ルイスは逃げようとした。

 だが、体がぴくりとも動かない。


 鋼糸が、体の自由を完全に奪っている。

 巨人に体を押さえつけられてる、そんなイメージを抱く。


「大丈夫ですよぉ、こわがらなくて。あなたのことは守りますのでぇ。ただ、ちょっとだけ無茶してもらいますけどねぇ」


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