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48.マイ、覚醒



 俺たちはついに、救助者のいる、セーフゾーンへとたどりついたのだが……。


「どうなってんだ、これ? セーフゾーンに入れない……?」


 ゾーン入口に、まるで透明な壁があるかのようだ。

 前に進もうとしても進めないのである。

 透明な壁の向こうには、救助者達がいる。だが……。


「なんか様子がおかしいぜ、ルイスさん」

「おかしい?」


「ああ。中の連中から、音が……まるでしないんだ。でも死んだわけでもないんだ」


 死者からは、死者の音がする(腐敗の音)。

 でも中の連中は、その音がしない。


 心臓も動いていないし、呼吸もしていないし……。


「……まさか。時が、止まってる?」

「! 時が止まる……どういうことだよ?」


「このセーフゾーン内の、時間が固定化されているのです」


 ……時間が固定化?

 そうか、死んだんじゃなくて、時間を止められてるわけか。


「恐らくこの部屋は、時間停止タイム・ストップの魔法を、かけられているのです」

時間停止タイム・ストップ……そんなすげえ魔法があるんだな」


「ええ。とても、高度な魔法です。しかも厄介なことに、この魔法は永続的に、かけられてるってこと」


 永続的にかけられてる……?


「つまり、魔法を解呪ディスペルなどで一時的に解除したとしても、魔法をかけてる本人が居続けるかぎり、魔法は永続するということです」


 つまり……なんだ。

 この部屋の連中は、時間停止タイム・ストップの魔法をかけられてる。


 しかも、解除不可能……ってことか……?


奪命の一撃ヴォーパル・ストライクで、この部屋を破壊するのは?」

「意味がありません。そもそも時間の固定化を解除しない限り、部屋を壊せません」


「固定化の解除って……できるの、そんなこと?」

「……無理です。不可能です。唯一の方法は、魔法をかけてる人間に、魔法をかけるのを辞めさせること」


「誰がかけてるの?」

「わかりません」


 お手上げじゃないか……。

 って、ん?


「マイ……?」


 マイが、透明な壁にぺったりと、頬を着けている。


「マイ……?」

「……すごぉい……です……♡」


 マイが、うっとりとつぶやいていた。

 人命を何より優先する彼女が。


 時間停止タイム・ストップという、未知の魔法を前に……。

 マイは、笑っていた。


「すごい……遅延の光(レイ・ディレイ)の凄いバージョンだ……世の中には、こんなデバフ魔法があるなんて……」


 ……な、何が起きてるんだ……?

 マイが笑ってる。しかも、なんか俺にはよくわからない単語を発してる。


「どうしたのでしょうか、マイさんは?」

「わ、わかんない……」


 怖かった。

 マイを、理解できないってことだ。


 今まで俺は、マイのことなら何でもわかったのに……。

 今、マイが何を言ってるのか、どうして、興奮してるのか……。


 俺には、さっぱり理解できなかった。

 妹を理解できないことが、一番、怖かった……。


「理解……しました」


 やがて、マイはそういった。

 彼女は、今までに無いくらい高揚していた。


「理解した?」

「はい。この部屋に掛かってる魔法を、理解しました」


時間停止タイム・ストップを……?」

「はいっ」


 理解したから……だから、なんだろう……?

 マイはしかし、ずっと高揚してる。


「今から、この魔法を取り除きます」

「「は……?」」


 い、今なんて……?


「魔法を取り除く?」

「無理です。解呪ディスペルで一時的に取り除いても、魔法をかけてる存在がいるかぎり、魔法を取り除くことはできないです」


 しかし、マイは首を横に振る。

 ……信じられないことだが、マイからは確信の音が聞こえてきた。


 いつも、自信なさげなマイからは、想像できない……。

 【できる】という自信に満ちた、音。


「ルイスさん。マイに任せよう」

「しかし……」


「マイは、できる。その音が聞こえてくるんだ。……俺を信じてくれよ」


 ルイスさんは俺の言葉を、信じてくれたようだ。

 依然としてマイが何をするのかはわからないけど、マイに自信がある、ということだけはわかる。


 ルイスさんは俺を……そして、マイを信じる選択をしたようだ。

 マイ……見せてくれ。


 兄ちゃんたちに、おまえが凄いってことを!


「行きます……」


 マイが自分の杖を手に、目を閉じる。


 すると、マイの周囲に何十もの魔法陣が出現する。

 魔法陣からはやがて……。


 ずずずずずず……。


「!? なんですか……これは……? 蛇……?」


 白く輝く、巨大な蛇が、魔法陣から出現したのだ。

 半透明であることから、ただの蛇ではないことがわかる。


「食らいつくせ! 【魔喰世界蛇ヨルムンガンド】!」

魔喰世界蛇ヨルムンガンド……?」


 マイが、ハイになってる。

 食らいつくせなんて……強い言葉、マイは言わない。


 彼女が命令を下す。

 半透明の巨大な蛇が、透明な壁のなかに入っていく。

 そして蛇はどこかへと消えた……。


 次の瞬間……。


 パキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインン!


「「!? 壁が……壊れた!?」」


 否、固定化が解除されたのだ!

 つまり……魔法をかけてるやつが、魔法を解いたのである。


「わ、で、できたっ。できたよ、兄さんっ! ……って、どうしたの?」


 マイがきょとんとしてる。

 いついかなるときも、マイを褒めている俺が、褒めなかったからだろう。


 ……何をしたんだ、マイは……?


 どさっ、とルイスさんが腰を抜かしていた。


 彼女の心音からわかるのは、驚愕……

 そう、ルイスさんは、本気で驚いていた。


魔喰世界蛇ヨルムンガンド……恐ろしい、魔法です」

「どんな魔法なの?」


「魔法をかけた相手に、魔法を解除させる、デバフ魔法です」


 ルイスさんが解説したところに寄ると……。

 あの蛇が、魔法をかけてるやつに触れると……。


 魔法をかけたやつの脳内に、魔法を解除しろという命令が発せられるらしい。


「これは……とんでもない魔法です。少なくとも、この世界に存在するどの系統の魔法でも無い……。古代魔法にも、こんな魔法は無い……」

「つまり……魔法をゼロから、作り出したってこと……?」


 こくん、とルイスさんがうなずく。


「マイさんは、すごい魔法を見て、それが刺激となって、新しい魔法を開発したんです……ゼロから、こんな……凄い魔法を……」


 魔法を強制解除させる、究極のデバフ魔法……。

 それをマイが、作り出した……。


 つまりそれって……。


「マイが、すげえってことだな!」


 やっと俺はマイを理解できた!

 マイが凄い! もうそれでいいじゃないか。


 理屈とか、原理とか。どうでもいい。

 マイがとんでもない天才だってことは、わかっていたことだ。


 そしてその天才が、超天才的発明をした!

 うちの妹は……天才や!


「マイぃいいいい! すげええよぉいい!」


 俺はマイを抱っこしてやる。

 マイはやっと嬉しそうにしてくれた。


 いやそれにしても……新しいデバフ魔法を、一瞬で開発してしまうなんて、やっぱりマイはすげえや!

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