魔女の迷走
遅くなりまして申し訳ありません。
楽しんでいただければ、幸いです……
侵入開始から0秒で──カンザキとリンフはあっさりと警備兵に見つかってしまった。
先に軍施設の武器──銃火器から装甲車等々諸々を使い物にならなくしてきていたことで、軍関連施設の警備態勢が即時強化されていたらしく、二人が敷地に足を踏み入れたところに巡回していた警備兵がやってきて鉢合わせになり、1秒未満の即刻即座で『追う者と追われる者』の関係が成立したのだった。
しばらくは入り口を探しながら逃げ回っていたのだが、追いかけてくる警備兵が銃火器を容赦なく使ってきたため、やむなくカンザキは壁を(拳で)壊して建物内に逃げ込んだのだが、見取図や地図も無く、無論、全くあてすらもないので白い廊下を適当に逃げ回っていたのだが、何となく目についた扉を破壊して辿り着いた場所が大中小のコンテナが大量に置かれている倉庫と思しき場所だった。通り抜けるための出口を探し求めて視線を巡らそうとするが、コンテナに視界を阻まれて手間取ってしまい、出口を見つける前に警備兵に追いつかれて──現在、慌てて隠れた大コンテナの影に身を潜ませている。
警備兵の姿は見えないが、その警戒色の強い気配はハッキリと感じられ、それらはじりじりとこちらに向かってにじり詰めてくる。
「これからどうするんだ?」
大コンテナに身を寄せて屈んでいるリンフが小声で言う。
「んー……」
カンザキはざっと周囲を見渡す。お互いに牽制し合っている今の方が、出口を探す余裕があることに苦笑しながら。
上を見上げると、コンテナを積み卸しするためか天井はかなり高い。クレーンの延長が計算されているのだろう。また、コンテナの隙間から見える壁には地面から五、六メートルほどの高さに三方を巡る通路が設えられている。コンテナの積み卸しを確認するための足場のようだ。等間隔で通用口らしきものがあり、そこからも人の出入りができるようだったが、いまそこに兵士はない。だが、それも時間の問題だろう。
「リンフ、霧をつくってくれるか?」
カンザキが言うのにコクンと頷いてから、リンフは魔力に集中し始めた。その手の平からぶわりと霧が沸き立つように溢れだし、瞬く間にそれは広がっていく。続けてカンザキが低い声で「毒ガスだ!」と叫ぶ。
それを聞いた兵士たちが慌てふためいたようで、退避! という命令が上がった。
「さて、と」
いいながらカンザキは立ち上がった。それにならって立ち上がるリンフを見て、素早く右腕をその腰に回し、抱えて──飛ぶ。リンフが息を詰めるのを聞きながらコンテナを足がかりにして上へと移動し、大きいコンテナの上部まで移動するとそこから天井へ向かって全力で跳躍しながら中空で身を返して──倉庫の天井を構成している筋交いの鉄筋に足を潜らせ、膝裏を引っ掛けて逆さ吊りになる。
「……カンザキさん」
「ん?」
「こういうことは前もって言ってくれ」
「あ、わりぃ」
答えながらカンザキは、こりゃ帰ってからが怖ぇな、と怒られる覚悟を決めた。
自分で自分の首を絞めにいってるな……と己の悪いクセを自覚しながら。
「リンフ、目の前の扉、見えるか?」
聞こえるぎりぎりであろう小声でカンザキがリンフの意識を促すと、そちらに視線を移したリンフは扉を視認できたようで、頷く。
「あそこにお前を投げるからうまく着地してくれ」
言うとリンフは一度カンザキを見てから「わかった」と答え、視線を通用口の扉へ戻す。
「いいか……? ……っせーの、よっ……と」
反動をつけ膝裏を上手く擦らせて振り子のように体を揺らしながらタイミングを計り、リンフの身体を腕から放る。リンフはリンフで投げられるための体勢を整えていたらしく、上手に空中へ身を踊らせたのち、通用口の前にしっかりと足から着地した。そうして着地体勢から立ち上がったリンフは振り返り、カンザキに向けて両腕を広げた。どうやらこれから飛び移るカンザキを受け止めるつもりらしい。
──どこで覚えたんだか。
リンフの気遣いが表れたその行動にカンザキは思わず、ふ、と表情を緩めた。
と。
リンフの背後に魔法陣が現れ、そこから二本の腕が伸び出してリンフの胴体を捉えた。
「!」
「!?」
腕はリンフの身体を捉えたまま、魔法陣へ引き込もうとしていた。
「カン……ッ」
リンフがカンザキの名前を叫びきる前にその身体が強く引き込まれ、頭が魔法陣へと飲まれる。
「リンフ!」
カンザキは慌てて天井からリンフの元へ飛び降りた。魔法陣から辛うじて出ているその片腕を掴もうとカンザキは右腕を伸ばす、が、抵抗するリンフに焦ったのか魔法陣の向こうへリンフを引き込む力が強くなり、一拍の差でカンザキの手は空を掴む。ちっ、と舌打ちをしてカンザキは思い切って──魔法陣に向かって飛びこんだ。
だが。
バチッ!
スパーク音と共に、カンザキの身体がはじき飛ばされる。
「ぃッ! ……てッ!」
電流に触れた時の様な痛みと共に通路の手摺りにまで飛ばされたカンザキは背中を強打して短く呻く。それでも瞬間的に身体を起こして魔法陣を見たが、既にリンフは魔法陣の向こうへ引き込まれた後で、その魔法陣も消えつつあった。直後、近くで金属音が響いた。反射的に身を低くする。手すりの隙間から下を確認すると数名の警備兵がこちらに銃口を向けていた。霧が消えた上に毒でも無かったことに気づいたらしい。飛ばされたカンザキが手摺りにぶつかった音を聞いて位置も把握したのだろう。
ちっ、と二度目の舌打ちをしてカンザキは身を低くしたまま駆け出し、不意に視界に映ったそれを拾いざまに通用口の扉へ肩から体当たりした。意外にも扉は簡単にぶち破ることができ、転がるように通用口から真っ白な廊下へ出る。
くそっ、まさか離ればなれになるとは……!
この状況に毒づきながら、カンザキは後方で響く銃声を耳で拾いながら直感のままに白い廊下をヒールの音を響かせながら駆け抜けた。
*
どこまでも白い廊下や壁を疾走しながらカンザキはリンフの気配を探したが、感知できる範囲の内にリンフの気配は感じられなかった。
「くそっ!」
焦りに混じって湧き上がる苛立たしさを抑えきれず、拳を白い壁に叩き付ける。怒りの感情が乗った拳は簡単に壁を砕いた。
「どこに連れて行きやがったんだ……っ!」
ぎりっ、と奥歯を噛む。
離ればなれになる可能性を考えていなかった訳では無い。状況によっては二手に分かれることもあるだろうとは思っていた。が、まさかこんな形で離れることは予想だにしていなかった。
移動魔法を使える奴がいる──これは想定していなかった。
空間を使う魔法は難しく、また、魔力を相当に消費する。故に、使える者はそう多くない。実際──天然的に魔力を持っていて素質があり、力を使う為に魔法を学び、それらを総合的に体得しているカンザキたち魔女の中ですら──魔女集会に来る彼らの中ですら、その存在は少なく、カンザキを含めても片手で数えられるほどだ。それだけ希少であるから、まさかそれを使える者がこんなところにいるとは思いもよらなかった。
迂闊だった。
油断したと言ってもいい。
「…………」
カンザキはポケットを探って、先程拾ったもの──倉庫から逃げる際に視界に入ったそれ──を見る。
赤い毛束が三つ編みにされている──リンフの腕にあった、カンザキ特製のブレスレットだ。
魔法陣に弾かれた衝撃で切れたようで、切れた箇所から三つ編みが解れている。これが弾かれた……つまり除外されたと言うことは──相手は移動対象を絞って魔法陣を使ったということになる。
カンザキは眉根を寄せた。
この移動魔法を使う為には、魔法陣に移動対象の名前を記さなければならない。つまり、リンフの名前が必要になるわけだが──この魔法を発動させた術者はどうやってリンフの名前を知ったのか──疑問が浮上する。
リンフが外部の……『文明遺跡の森』の外の人間と接触したことがあるのは──フジノと一緒に人里へ行った時と──それから……
「……あの時か」
白衣野郎が来たときだ。確か、リンフがフードの男と交戦しているのを見てカンザキはリンフの名前を叫んだ。あれが聞こえていたとすれば。……いや、聞こえていなかったとしても、あの少女──フェーレンはハッキリと聞いていただろう。となればリンフの名前が伝わっていたとしてもおかしくはない。
そう納得しようとして、ふと思い止まる。
──いや……まてよ……?
すぐに考え足らなかったことに気づき、思考を掘り下げる。
カンザキがリンフの名前を叫んだことでそれが白衣野郎に知られた可能性があるのは分かった。
だが、その文字の綴りまではどうだ?
名前を呼んだ、その声──発音と抑揚──それだけで、その名前がどう文字で表されるのかまで分かるものなのだろうか。
魔法陣に組み込むにはその文字が正しくなければ成らないはずだ。
正しくなければ魔法陣が対象を認識しないため、魔法陣に触れた瞬間に弾かれる。
この、カンザキの髪で作ったブレスレットが拒絶されて弾かれたように。
……ってか、あたしも派手に弾かれたんだったわ。
思い出してカンザキは首の後ろを右手で擦る。
まぁ。
奴らには分かったのだろう。
どういう経緯であれ。
ただ。
リンフだけを攫った理由が分からない。
ここで行われているのは『魔女研究』だ。
狙うなら魔女であるカンザキであるべきのはずだが。
あたしではなくリンフを狙った理由は何だ?
リンフが魔力を使えることを奴らは知らないはずだが──
「…………ぅん?」
不意に捉えた気配に、カンザキは考えるのを止めてそちらを見る。
窪んだ壁──先程カンザキが拳をぶつけて破壊した箇所──の向こうに気配があるのだ。
カンザキが壊したことで壁がえぐれ、向こう側との隔たりが薄くなったため、気配が露呈──漏洩?──したようだ。
「……子供……か?」
感じる気配は小さい。
丁度、あの白衣野郎が連れていた少女くらいの感じだ。
少女、か。
少し様子を窺う。
少女の他に気配はないようだ。
一人。
……うん? 子供が……一人だけ?
違和感を覚えて首を傾げる。
「……妙だな」
そう言ってカンザキは拳を構えた。
とりあえず、壊してみるか。
先程より強めに殴れば穴が開くだろうと腹筋に力を入れ、腰を据えて拳を引いたところで、これだと壁が壊れた勢いであちらの方に──少女のいる方に──瓦礫が飛ぶのではないかと懸念が過ぎった。
ので。
拳は収めて、太股に装着してあるホルスターから銃を引き抜いた。
右手で構え、銃口を抉れた壁に向ける。
魔力はすでに弾倉に込めてある。
あとは呪文という命令を唱えて──
「──“……結び合っているそれらを引き離せ” ──『砂状崩壊』」
引き金を引く。
銃口から飛び出した魔力の固まりが銃弾の形となって放たれる。
着弾した魔力は魔法陣となって展開され、パァッと一瞬だけ光ると消えた。
カンザキがヒールのエッジを床に打ち付ける。それが合図となり、魔法陣が展開された大きさ──大人が一人くぐれるほどの幅──で、壁が砂状に崩れて壊れ、大穴が開いた。
壁という固まりを構成していたものが砂となって山を築いた──その向こうに。
驚きの為か目を瞠り、
怯えの為か両腕を抱き、
困惑の為か眉尻を下げた、
小柄な体躯の──
──少女が立っていた。
誤字や脱字、辻褄が合わない箇所などを見つけましたら、御一報下さいませ。




