059「カノコ、最高の一日になる(後)」
オカモトは夜の七時。
J-POPの名曲風に書き出したが、特に深い意味はない。まだお酒は入っていないが、思わぬプレゼントの余韻で、気分が高揚しているのかもしれない。
JR摂津本山駅の北側を線路沿いに歩いてスグ。カフェや居酒屋が立ち並ぶエリアに、The甲南ハイボールというお店がある。大学の最寄り駅ということもあり、ゼミナールやサークルを終えた団体から会社員や家族連れまで、幅広い層に支持されている名店で、ロマンスグレーの名物マスターを含め、地元ではよく知られている。
外観、内観ともに、お洒落で落ち着いたバーそのものだが、バー独特の敷居の高い雰囲気は薄めで、どこか気軽に入っていきやすい空気が満ちている。
「それでは、梅野さんのお誕生日と転職成功をお祝いして、乾杯!」
「カンパーイ!」
「ウェーイ! ルネッサーンス!」
「どっかの男爵か、貴様は」
「貴様というより、貴族様ね」
木村くんの音頭で幕を開けたパーティーは、いきなり黒田くんがギャグを飛ばすという波乱の幕開けとなったが、私以外にもヤスエという強力なツッコミ役がいたので、最後まで暴走には至らなかった。念のために言っておくと、マアヤは天然なので、予想外のボケと斜め上のツッコミが舞い込んできたが、そちらは木村くんが軌道修正していた。
ジョッキを片手にオードブル盛り合わせをつまむところから始まったパーティーのテーブルには、いつの間にかチーズフォンデュの鍋やベーコンピザが運ばれ、おのおのの手元にはジントニック、モスコミュール、ピーチフィズといったカクテルが並ぶようになった。
「まさかと思うけど、フラッシュモブがスタンバイしてるなんてことは、無いでしょうね?」
「アッハッハ。さすがに、二日じゃ用意できないって」
「お花を準備することしか浮かびませんでしたわ」
「よしっ! そしたら、この次に誕生日が来る奴に、サプライズを仕掛けようぜ~」
「待て、レオナ。それでターゲットになるのは、冨永さんじゃないか」
「マアヤを驚かせようと思ったら、発想の転換が必要ね」
「仕掛けるにしても、六麓荘の豪邸は無理ね。庭に忍び込んだ段階で、警備会社のライトバンとパトカーがやって来るわ」
「真っ先に駆け付けるのは、シエルちゃんね」
「誰だ、そいつ? カワイイ名前だな」
「ブログを見てないのか、レオナ? オスのシベリアンハスキーだよ」
おなかも落ち着いてきて、飲み物もアルコールからソフトドリンクへシフトしてきたところで、最後にケーキと花束が登場した。
どこへ置いたのかと思っていたら、マスターにお願いして冷蔵庫に入れさせてもらっていたのだった。花束を受け取り、ケーキに刺さっている3と1のロウソクに火が点けられたところで、お決まりの手拍子と合唱が始まった。
「ハッピバースデー、トゥーユー。ハッピバースデー、トゥーユー」
「ハッピバースデー、ディア、カノコ」
「ハッピバースデー、トゥーユー。カノコ、おめでとう!」
「フーッ!」
「イェーイ! ……誰か、ハイタッチを返してくれ」
ひと息で吹き消したあと、ケーキは六等分に切り分けられ、一つはお土産に持って帰ることになった。五等分より六等分の方が簡単だし、大きさも丁度良い。帰ったら、トウマくんにあげよう。
さて。宴も酣ですが、これにて、私のお話は終わりにしたいと思います。アフターストーリーについては、機会があれば、またお話しましょう。
それでは、みなさま、ごきげんよう。さよなら、さよなら!




