057「カノコ、いよいよ三十一歳になる」
八月九日といえば、世界的には、長崎に人類史上最後の原子爆弾が投下された日だ。そんな大事な記念日が誕生日と重なっているとなれば、さぞかし同級生からの覚えも良いだろうとお考えになるかもしれない。
ところが、ギッチョンチョン。この前後には、六日と十五日があり、それぞれが何の日かは説明を省くが、この三つの記念日を混同して覚えている人は少なくなく、八月生まれということは覚えてもらえても、九日であることまで覚えているケースは極めて稀で、よく六日や十五日と勘違いして覚えられていた。
そもそも論として、誕生日が必ず夏休み中になる上に、お盆休み直前なので、なかなか友だちを呼べず、バースデーパーティーもしたことがなかった。小中学生の頃は、行事が多く、同級生に祝ってもらわれやすい十月十一月生まれの子が、非常に羨ましかった。ついでに言うと、十二支が巳年で星座が獅子座で動物占いが小鹿というのも、アンバランスで、あまり気に入っていない。狡賢いのか、堂々としてるのか、臆病なのか、ハッキリしてくれ。キマイラか、私は!
コホン。とまぁ、そんな背景があるので、このメッセージは、思わずスクリーンショットを撮るほど嬉しかった。
マアヤ:カノコ、もうすぐお誕生日よね?
カノコ:そうそう。九日が誕生日なの
レオナ:就職祝いも兼ねて、みんなでパーティーしようぜ! 甲南ハイボールなんて、どうよ?
タカシ:たまには良いことを言いますね。予約しましょう
ヤスエ:それじゃ、九日の夜七時に集合ってことにしよっか
マアヤ:私は、お花を持って行くわ。花かんざしさんに、お電話しなきゃ
カノコ:みんな、ありがとう!
レオナ:ケーキのプレートは「かのこちゃん 31さい おめでとう」か?
タカシ:年齢は伏せましょうね、二月生まれくん。ケーキは、僕が注文します
音量小と電源のボタンを同時押しして保存したところで、ホッとひと息つく暇もないまま、電話が鳴った。通話ボタンをタップすると、間髪入れずに賑やかな声が耳に入った。
『呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン! プリティー&セクシーのセツコちゃんよ』
「クシャミか欠伸が出そうだから、切るわね」
『んもぅ、つれないわね。実の母に向かってソルティーすぎるわ』
「通常運行よ。今、どこにいるの? 琴の音色っぽいものが聞こえるけど」
『千年の都どすえ~。誕生日には間に合わないけど、お土産、何が良い?』
「食べられる物だと嬉しいわ」
『わかった、あぶらとり紙ね』
「山羊でも食べないわよ。今、よーじやの近くなの?」
『ううん。舞妓さん風の人形が、正座して首を縦に振ってる』
「じゃあ、八ッ橋にして。焼き菓子の方が嬉しいわ」
『無難過ぎない? 京ばあむサブレってのもあるわよ』
「あいにく私は、味に冒険しない派なの。他に用が無いなら、今度こそ切るわよ」
『若いんだから、少しは挑戦しなさいよ。あんまり頑なだと、素敵な出会いを逃すわよ?』
「なんで、そうなるのよ。孫はトウマくんが居るんだから、良いでしょ?」
『男の子も可愛いけど、女の子はもっと可愛いと思わない? カノコが女の子を産んでくれたら、髪を結んであげたり、フリッフリの服を着せたりするわ』
「女の子は、すでに二人いますが?」
『それとこれとは別よ。成長しきったら、可愛げが無くなるもの。おかあさん大好きって言ってたのに、どうして、こうなっちゃったのかしら。おかしいわねぇ。……あっ、待って! 今、切ろうとしたでしょ?』
「してないわよ。今度は、いつ帰ってくるの?」
『十二日の昼過ぎになると思うわ。しばらくは国内ツアーばかりだから、声が聞きたくなったら、時差を気にせず電話してきてね。待ってるわ』
「はいはい。用があったら、こちらから掛けるわ。それじゃあ」
通話終了。明後日には、また一つ歳を取るのかと思うといささか憂鬱だが、小さい頃に夢見たバースデーパーティーが出来るとなれば、少しだけ期待で胸が高鳴る。




