055「カノコ、福が舞い込んでくる」
それから三日後。
夕食を終え、完成した動画を見ながら編集の力の凄さを実感していると、トウマくんが固定電話を持って私の部屋へやってきた。
「でんわだよ」
「私に? 誰からか、分かる?」
「えっとね『ながたのクレオパトラこと、ヨシコママよ。カノコちゃんにかわって~』っていってた」
「ありがとう。――もしもし?」
美人を自称するのは、姉妹共通なんだと実感しつつ、覚悟を決めて電話へ出ると、軍歌を熱唱するご長寿の歌声をBGMにしながら、先月に聞いたばかりのハスキーボイスが襲ってきた。
『カノコちゃんね。ちょいと込み入った話をしたいんだけど、大丈夫かしら?』
「えぇ、どうぞ」
『あのね。うちの常連さんの中に、山の街でオーダー家具のお店を経営してる社長さんがいるのよ。四十代くらいで、温厚な性格の方なんだけど、どう?』
「どうって、何? お見合いでも勧められてるの、私?」
『えっ? アッハッハ、ごめんごめん。言葉が足りなかったわね』
大笑いした後の伯母さんの話をまとめると、こうだ。
私がいまだに求職中であることをお母さんから聞いた伯母さんは、社長さんにその話をしたところ、六月まで働いていた事務員が両親の介護で九州へ里帰りしてしまい、九月までに空いた穴を埋めないと厳しいのだが、よければ働いてくれないだろうかというものだった。
「オーダー家具のお店ってことは、製造とか営業とかも含むの?」
『いいえ。あくまで、お店に来た人にお茶を出したり、事務書類をフォーマットに入力して揃えてもらうだけよ。まぁ、小さな会社だから、お給料はそんなに高くないし、鈴蘭台の方だから、ちょいと通勤には時間が掛かるかもしれないんだけど。どう? カノコちゃんさえ良ければ、即採用だって言ってるのよ。一応、その場で履歴書と職務経歴書は出してもらって、三分くらい軽く面談はするけどね』
神頼みした効果か、仕事運が上向きになってきたようだ。どんな社長さんで、どんな会社かは知らないが、会って損は無いだろう。
「一度お会いしてみます。必要なのは、履歴書と職務経歴書だけなの?」
『会ってくれるのね? 私も、その方が良いと思うわ。そうねぇ、あと必要になるとしたら、通帳と印鑑かしら。そろそろ来るだろうから、お酒が入る前に聞いておくわ。それじゃ、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
電話を切ると、私はそっと受話器を机の上に置いてから、小さくガッツポーズをした。
「なになに? なにか、いいことあったの?」
「仕事が決まったかもしれない。やっと地獄から抜け出せる!」
「よかったね! バンザーイ!」
雲隠れにし夜半の月かな。レースのカーテンの向こうは、動画を見ていた頃まで曇り空だったが、いつの間にか満月がクッキリ見えるようになっていた。




