052「カノコ、動画デビュー」
天上川沿いに六甲山へ向かって北上していくと、梅のイラスト付きで「岡本公園はコチラ」とでも言いたげな石柱や案内板が目に入る。岡本駅から曲がり角ごとに設置されているので、どんな方向音痴でも迷うことなく辿り着ける。……たぶん、迷わないと思う。迷わないんじゃないかな。
閑静な住宅街なので、あまり騒ぎないように気を付けつつ、公園へと続く三十段の階段の下で動画撮影がスタートした。最初はカメラを三脚に固定してのショットで、レンズに映る範囲には、目安として養生テープが貼ってある。
「こんにちは、お久しぶり、初めまして。飛鳥貴族チャンネルへ、ようこそ。いつもお馴染み、カメラ担当の入鹿です」
「そして俺が、入鹿のマブダチの妹子だ。この被り物、想像以上に蒸れる!」
半袖シャツにチノパンの木村くんが安定感のある司会を進めると、派手なTシャツに短パンで、頭にリアルな馬のゴムマスクを被っている黒田くんが木村くんの前に飛び出してジョジョ立ちを決めたあと、こもった声で文句を言い出した。
一応、本名が分からないように役名が決まっていて、木村くんは入鹿、黒田くんは妹子だ。そして今回は、ゲストである私たちにも役名があり、トウマくんが太子で、私は守屋という名前が割り振られている。チャンネル名が飛鳥貴族なので、それに因むかたちだ。
「選んだのは妹子なんですけどね。三宮で、ロフトと東急ハンズを巡ってきました」
「ついでに、生田神社で縁結びも祈願してきたぜ。絶賛、カノジョ募集中!」
「ナンパ癖をやめなきゃ、神頼みでも解決しないでしょうね。自分では、モテると思ってるのですか?」
「昔は、本気でイケメンだと思ってた。けど、最近になって、モテないことに薄々勘付いてきたところさ」
「気付くのが、十年遅かったですね。世の女性のためにも、ナルシストからスッパリ足を洗いましょう」
「犯罪者みたいに扱うなよ。わかっちゃいるけど、やめられない!」
そう言って、黒田くんは馬の被り物を脱ぎ捨てた。汗だくで、前髪が額に張り付いている。
息の合った二人の枕が終わったところで、いよいよ私たちの出番になった。素顔が分からないよう、トウマくんは天狐のお面、私は青鬼のお面を付けている。まぁ、リアルに交流のある人なら、声や体形で容易に推測できる程度の仮装だが、少しでも身バレしないようにという配慮なんだと考えて欲しい。
「さて。今日は、ゲストをお呼びしています。太子くんと守屋さんです。どうぞ!」
「こんにちは! ト……タイシです!」
「守屋です。よろしくお願いします」
「今、本名を言おうとしなかったかい、キッズ?」
トウマくんを追及しようとした黒田くんに対し、木村くんは、カメラに映っていない黒田くんの爪先を踏みつけた。木村くんはスニーカーだが、黒田くんはサンダルなので、かなりのダメージを負ったはずだ。
「ゲスト紹介も終えたところで、前回の予告通り、じゃんけんグリコをしていきたいと思います。それでは、一旦カメラを止めますね」
黒田くんが薄っすら目に涙を浮かべて飛び跳ねているのも構わず、私たち三人は台本通り、カメラに向かってしばらく手を振った。




