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051「カノコ、古い恋バナを掘り返される」

「じゃんけんグリコ?」

「そう。遊んだこと無い?」


 ヒマリちゃんの家から帰って来たあと、リビングでテレビを観ようとしていたトウマくんに、さっき届いた木村くんのメッセージの内容を説明した。その内容は、天上川沿いに梅林で有名な岡本公園へ行く途中にある階段で、じゃんけんグリコ大会をしようというもの。

 大会の様子は動画撮影してYouTubeへアップする予定で、周辺住民への許可は取れているらしい。また、トウマくんと私が個人を特定されないよう、何かしら変装するグッズを持ってきてくれることになっている。


「グーはグリコ、チョキがチョコレート、パーがパイナップルで、勝ったら文字の数だけ上に上がることができるの」

「へー。じゃあ、チョキがつよいんじゃない?」

「ところが、そうじゃないんだな。みんなチョキを出すと思ってグーを出して勝てば、他の参加者より三つ進むことが出来るでしょ?」

「あっ、そっか。かけひきだね。う~む……」


 腕を組んだトウマくんは、どうやったら勝てるだろうかと考えはじめた。私は、その横でリモコンを手に取り、チャンネルをサンテレビに合わせた。


 ちなみに、この遊びを数学的な理論に基づいて考えると、グー・チョキ・パーを2:2:1で出すのが最適解であり、自分だけが一方的に有利な戦略は存在しないと証明されているそうだ。証明方法は、グーをx、チョキをy、パーをzとし、それぞれの期待値を歩数が正と負の得点であるとして立式し、三式の値が等しくゼロになる解を求めるというもの。

 ……えー、これ以上に具体的な証明過程は、私の理解の範疇を超えているので省略する。理数系に強くて時間のある人は、紙とペンを用意して解いてみてはいかがかと。


 夕食のあと、お姉ちゃんに木村くんから届いたメッセージを見せ、明日の午前中、トウマくんと出掛けることを伝えた。


「動画にゲスト出演するなんて、なかなかない機会じゃない。楽しんでらっしゃい」

「そのつもりよ。気晴らしに、パーッと遊んでくるわ」

「羽目を外し過ぎて、怪我だけはしないようにね。それにしても、あの大人しい木村くんからのお誘いか~」

「そうなのよ。当日は、同じ中学で一緒だった黒田くんも一緒なんだけどね」

「黒田くん? あぁ、あの落ち着きのない子ね」

「そうそう」


 お姉ちゃんの頭の中では、木村くんは大人しい子、黒田くんは落ち着きのない子として処理されていた。もし、これが黒田くんからの提案だったなら、トウマくんを連れて行くのを反対されたことだろう。

 

「木村くんって、まだ独身だっけ?」

「ううん。この春に結婚したんだって。ヤスエは、式に行ったそうよ」

「あぁ、そう。木村くん、結婚したんだ。残念ね、カノコ」

「なんで? 喜ばしいことじゃない」

「あれ? カノコ、木村くんのこと好きじゃなかったっけ?」

「いつの話をしてるのよ。とっくに諦めました」

「ホントかなぁ。ショックだったんじゃなくて? この、このっ」

「んもぅ、しつこい!」


 本音を言えば、卒業式のあとの打ち上げで、帰るまでに告白しようとして、結局、最後まで勇気を出せなかったことを、ちょっとだけ後悔している。ボウリング場で、せっかく同じレーンに当たったというのに、ひとこと「好き」と言えないほど、当時の私は恋愛に奥手だったのだ。いや、十五年以上経った今でも、そこまで積極的ではないか。

 でも、あのとき告白していたら、上京しようとは思わなかったかもしれない。大都会の荒波に揉まれることないまま、ぬるま湯に浸りきった生活を続け、世間の風潮に適当に流されるような暮らしを続けていたかもしれない。

 考え出すと、いくつもの選択肢が広がるばかり。しかも、どの道を進むのが正解だなんて決まっているものではなく、ただただ今とは違う自分がパラレルワールドに存在するだけだ。頭では理解しているのだが、それでも心残りは消えないのだから、初恋というのは厄介なものだ。

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