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043「カノコ、老いを目の当たりにする」

 馴化(じゅんか)という言葉を、ご存じだろうか?

 平たく言えば慣れのことで、置かれた環境に適応することや、刺激に反応しなくなっていくことを意味する。

 これをふまえて考えるに、歳を取ったというのは、日々の生活を当然のこととして疑いなく受け入れたり、目の前に起きていることに新鮮さを感じなくなることなのではなかろうかと。アラサー女子の主張。異論は認める。


「どうしたの、トウマくん?」

「おばあちゃんににてるのに、こえがちがう。ひょっとして、おじちゃんなの?」

「アッハッハ。まぁ、セツコとは違う用途で喉を酷使してるからねぇ」

 

 酒焼けしすぎてお爺さんかお婆さんか分からない声になっている伯母さんに挨拶されたトウマくんは、カウンター越しに見える範囲で、頭の先からウエストの辺りまで観察しながら言った。なんとも正直だな。きっと、身体のラインを見て男性か女性か判別しようとしたのだろうが、メタボなおなかが隠れるくらいのビッグTシャツを着ているので、難しかったに違いない。開店直前なら着物姿だから、すぐ分かるんだけど。

 そうそう。伯母さんのフルネームは篠塚ヨシコで、靴と鞄を製造販売していた頃は『シノヅカ皮革』と、カラオケスナックになってからは『よしこ』という店名だ。


 そんな調子で、初対面こそトウマくんから不思議な目で見られた伯母さんだったが、用意してくれたそばめしを一緒に食べているうちに、だんだん打ち解けてきた。ちなみに、このそばめしも長田界隈では有名なB級グルメで、細かく刻んだ焼きそばにご飯を合体させた料理だ。具材に、ぼっかけと呼ばれる、すじ肉とこんにゃくを甘辛く煮込んだものを加えると、より本格的なそばめしとなる。

 まぁ、見た目はソース一色で彩りに欠けるし、栄養価も偏ってる気がするが、お昼の空腹を満たすには、もってこいの料理だと思う。


 ただ、伯母さんは、若者の胃袋をブラックホールか何かだと勘違いしているのではないかと疑いたくなるほど、次から次へとそばめしのおかわりを用意しようとするので、私もトウマくんも三杯目でストップを掛けた。いくら美味しくても、量には限度というものがある。おもてなし精神は有り難いけれども、度を超えると迷惑に感じてしまう。


「さぁて。お腹もいっぱいになったところで、ちょいと頭を働かせてもらおうかしら」

「なになに? クイズでもするの?」

「あら、クイズ形式にする? それなら、倍率ドンでいきましょ」

「ハハッ。ばいりつ、ドーン!」

 

 おそらく、トウマくんは元ネタを理解していないだろう。そもそも大本になる競馬のルールを知らないだろうから、あえて補足しないでおこう。

 

「それでは、第一問。と思ったけど、メガネが無いわね」

「メガネって?」

「メガネ、メガネ!」


 トウマくんの発言を受けて、昭和の漫才師を連想した私は、まさかと思って伯母さんの頭の上を見た。だが、伯母さんも同じことを考えたようで、すかさず「そこまでボケてないわよ」というツッコミとともに、バシッと肩を叩かれた。

 慣れてるはずのことが出来なくなったり、忘れたことに気付かなくなったりするほどには老いが進んでいないので、ひとまず安心だが、トイレにメガネを置いてそのままにしてしまうのは、いささか老いを感じてしまうな。

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