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039「カノコ、明日の予定が決まる」

 酢豚にパイナップルは合わないというが、パイナップルにはブロメラインという悪の組織みたいな名前のタンパク質の分解を助ける酵素が含まれているので、下拵えに使えばお肉が柔らかくなり、一緒に食べれば消化と吸収を助けてくれる。だから、味だけで毛嫌いするのは、いかがなものかと思う。

 

「トウマくん。どうして、よけてるの?」

「パイナップルはフルーツだから、あとでたべるの」


 トウマくんは、ハンバーグの上に乗っているパイナップルをライスの横に移動させ、熱々のハンバーグばかりを食べようとしていた。お行儀が悪いと言いたいところだが、ハンバーグプレートで三角食べを強要することもないだろう。

 お義兄さんも同じことを考えているのか、それとも気にしていないのか、口に入れる前に冷ますようにとは言っても、食べ方についてとやかく言うことはなかった。

 お作法も大事だが、マナー違反を咎めてギスギスした空気になっては、肝心の食事が美味しくいただけなくなってしまう。そのうち学校に通う年頃になれば、自然と直っていくだろう。そのはず。


「ねぇ、ねぇ。ブーンっていってるよ?」

「えっ? あっ、ホントだ。ちょっと電話してきます」


 店内BGMと家族連れの話し声でかき消されかけていたが、トウマくんが知らせてくれたおかげで、電話に気付くことができた。ちょっと席を外して通話ボタンを押すと、嵐のような酒焼け声が耳に突き刺さった。電話が遠いという表現があるが、この場合は電話が近すぎると言った方が良い。

 一旦スマホを十センチほど離してキーンとする耳を休めてから、気持ち受話口を遠めにして話を始めた。


『ちょいと、カノコちゃん。聞いてるの?』

「聞こえすぎるくらい、聞こえてるわよ。最近のスマホは音を良く拾うから、声のボリュームを抑えてよ」

『あら、いやだわ。カラオケに負けちゃいけないと思って、いつの間にか喉が太くなっちゃったのね。アッハッハ』

 

 掛けてきた相手は、長田に住んでいる伯母さんだ。今年で古稀を迎えた母の姉で、口下手な革職人の義理の伯父さんに代わり、商店街で靴と鞄を売りさばいていた。伯父さんが亡くなってからは、改装してカラオケスナックを経営しているという、なんともエネルギッシュな女傑だ。昼過ぎだから、向こうは起床してそれほど時間が経っていないはずなのに。

 

「笑ってる場合じゃなくて。いくら話し放題でも、時間は有限なんだから」

『はいはい。それじゃあ本題だけど、明日、こっちへ来られない?』

「そっちって、長田のお店?」

『そうそう。セツコもアキコちゃんも、電話が繋がらなくて。そっちの家にも掛けたんだけど、誰も出なかったわ。どこにいるの?』

「ショッピングモール。エアコンがご臨終したから、買い替えに来たの。それより、そっちで何をするればいいの?」 

『あら、来てくれるのね。インテリアを変えたいから、アイデアを聞かせて』

「なるほど。よかった。お店に出てくれって言われたら、どうしようかと思った」

『アッハッハ。いくらなんでも、そんなこと頼まないわよ』


 それから簡単に予定を詰めた結果、昼前にお店に行き、夕方に開店準備する前まで知恵を貸すことになった。素人の意見がどこまで参考になるか謎だが、三人寄れば文殊の知恵というから、行かないよりは行った方が役に立つだろう。下手の考えナントヤラという諺は、この際、無視することとする。

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