028「カノコ、移り変わりに気付く」
それからしばらく、取るに足らない他愛も無い話をしていると、マアヤからメッセージが届いた。週明けの月曜日にどうかということだったので、そのまま了解の旨を伝えた。
メッセージには、朝十時に甲陽園駅集合で、服装はパンツルックで動きやすくとの指示もあった。それと、当日、エプロンや軍手の類は向こうで支給されるので、履歴書と職務経歴書だけ封筒に入れて持って行けば良いという情報も。
「あら、もう五時だわ。まだまだ明るいから、油断しちゃった」
「くらくなるのは、しちじくらいだよ」
「そうね、トウマくん。――それじゃ、今日は、この辺にしましょうか」
「えぇ。またね、トウマくん」
「もうおわりなの?」
「そうよ、トウマくん。そろそろ、晩御飯のお買い物に行かなくちゃ」
名残惜しい気持ちはありつつも、そのうちまた話ができるだろうと軽く考え、ヤスエとは店先で別れた。
そのまま天上川沿いに北へ歩いていると、トウマくんは店のすぐ横にある門柱の一部を指差しながら「ふんいきが、ヤスエおねえさんににてない?」と訊いてきた。門柱はビルの出入り口の両脇にあり、その中ほどには、それぞれ金属で出来た厳しい男性の顔と柔らかな女性の顔が嵌め込まれている。トウマくんがどちらを指差したかは、前述のヤスエの風貌から、お察しいただけるだろう。
「ねぇねぇ。あしたの~にじ~が、のあと、なんていってるの?」
「ユーキャン、シー、ザ、レインボー。英語で、虹が見えるでしょうって意味よ」
コープで買い物していると、トウマくんから店内BGMについての質問が飛んできた。流れているのは、神戸市民にとっては馴染みの深い歌で、曲名は「風のように」という。私の小さい頃には、すでにコープのイメージソングとして定着していたから、少なくとも三十年以上は使われているのではないだろうか。
「そういえば、さっき、自由帳を使い切ったんだっけ?」
「うん。もう、ページがいっぱいだよ」
「じゃあ、新しいのを買ってあげましょう」
「いいの? やったー!」
トウマくんを文具コーナーへ行かせ、野菜や魚、卵などをカゴに入れていく。それから、石鹸や缶詰のストックがあったかどうか、記憶の引き出しを開け閉めしていると、緑色の表紙のノートを持ったトウマくんが戻ってきた。
「これにする!」
両手に持って掲げたノートの表紙には、鮮やかなアフリカの花の写真がドンと中央に載せられ、その上にはジャポニカ学習帳の文字が書かれている。私が小さい頃は、ジャポニカ学習帳といえば昆虫が表紙で、なんとなく男子が使う物というイメージが強かったが、最近は綺麗な花の写真になったのか。ずっと変わらないようでいて、少しずつ変わっていくものだな。




