027「カノコ、一歩踏み出してみる」
インスタグラムやツイッター、ユーチューブには、周囲から注目されたいという自己顕示欲が溢れている。だが、自己アピールするのは良いことだ、進んですべきだという文化が根付いている英米圏ならいざ知らず、古くから自己韜晦を美としてきた日本人にとってこれらのツールは、自意識過剰な虚栄心の集まりだというネガティブな目で見られやすい。
まぁ、ツール自体に良いも悪いも無く、問題があるとすれば、使い方なのだろうけど。
「ハウスクリーニングかぁ」
「そう。気が進まないなら、無理強いしないけど。でも、こんなチャンス、滅多にあるモノじゃないんじゃない?」
ヤスエが持ってきた仕事は、ハウスクリーニングだった。場所は、甲陽園に住む女性社長のお宅だ。マアヤの知り合いで、駅からは徒歩だと二十分くらいのところらしい。
内容は、慣れるまではベテラン社員と二人一組で働くので、初心者でも問題無いことや、行き帰りの交通費は給与と別に支払われること、半年の試用期間が終われば、社長と面談の上で住み込みも可能であることなど。
たしかにヤスエの言う通り、条件だけを聞く限りでは、とてもオイシイ話だ。
「だいじなだいじな、アタックチャーンス!」
一歩踏み出すべきか控えるべきか迷っていると、チーズケーキを食べ終えたトウマくんがフォークを置き、児玉清か某ベテラン芸人よろしくのガッツポーズを向けてきた。リアルタイムでは知らないはずだが、モノマネで知ったのだろうか。
しかも、それを見たヤスエは「その通り!」とでも言いたげな表情をしている。顔面の迫力も相まって、無言の圧を感じる。
「やってみようかな。他に仕事も見つかってないし」
「オッケー。それじゃ、私からマアヤへメッセージを送るわね」
そう言って、ヤスエはスマホを操作し始めた。すると、途中で何かを思い出し、画面のあちらこちらへ指を泳がせはじめた。
「そうだ。最近、マアヤがブログを始めたのよ。えーっと、たしかQRコードがあったはず」
しばらく、あーでもないこーでもないとブツブツ呟いていたが、目当ての画像を見つけると、なぜかドヤ顔で水戸黄門の格さん風にスマホを提示してきた。
どうして、そんなに得意満面なのかという疑問を懐にしまいつつ、私はスマホを取り出し、ジーッと見ていると錯覚で在りもしない立体図形が浮かんできそうな模様のコードを読み取った。
トップに表示された記事は、お高そうなフレンチの写真からスタートしていた。どうやら、マアヤの家には専属シェフがいるらしい。こんな豪華な料理を毎日のようにテーブルに並べられたら、誰だって、ついつい食べ過ぎてしまうだろう。
「三日に一度は料理についてだから、ダイエットしてるなら、見ない方がいいかも」
「たしかに。――これ、どう思う?」
「わぁ~、きれい!」
トウマくんにブログを見せると、あまりにも芸術的に盛り付けられているせいか、どうやら料理とは認識しなかったらしく、美味しそうとか、食べたいという言葉は出てこなかった。そんなリアクションを見ながら、私は、何か裏があるのではないかと勘繰ることも無く、ただただ純粋に美しい物を美しいと言える素直さを、羨ましく思っていた。




