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023「カノコ、若返りたくなる」

 タイムマシンが一度だけ使えるなら、いつに行くだろうか。

 上京を決めた専門学校時代か、それとも専門学校へ行くと決めた高校時代か、あるいは、もっと前か。

 あやとりに飽きたトウマくんが、ローテーブルに向かって鉛筆で百年後の神戸の街を描いていているのを横目にみながら、そんなことを私は頭の片隅で考えていた。

 子供の頃は、あんなに未来へ行きたがったのに、大人になると、やたら過去へ戻りたがるものだ。


 かくいう今は、お風呂から上がり、夕食が出来るまでの中途半端な隙間時間。お姉ちゃんの調理の邪魔にならないよう、私とトウマくんはリビングにいる。ソファーで横になった視線の先にはテレビがあり、ちょうど五輪一色のスポーツニュースが終わり、芸能一家の不倫騒動やドキュメンタリー番組のヤラセ疑惑など、ぶっちゃけ、一般人にはどうでも良いトピックが垂れ流されている。

 真剣に見るほどの価値が無いと判断した私は、テレビそっちのけでお絵描きに夢中になっているトウマくんへ視線を移す。


「この乗り物は何?」


 自由帳の一角に描かれた、丸いボタンらしきものがたくさん付いた自動車のようなものを指差し、トウマくんに訊ねた。

 すると、トウマくんは丸の中に文字を書き入れながら、ひとつひとつ説明してくれた。


「みらいのくるまだよ。ここをタッチすると、いきさきをえらべる。こっちは、どうろのじゅうたいじょうきょう。それで、これがじどうちゅうしゃ」


 なるほど。指一本で、簡単に車を動かすことが出来るのか。なかなか便利なものだ。科学技術がもっと進歩すれば、近い将来に実用化されて現実になるかもしれない。もちろん、その途上で技術が廃れるようなカタストロフィが起こらないということが大前提だけども。


「へぇー、百年後の自動車は、ワンタッチで動くんだ」

「そうだよ。これからは、エーアイのじだいだって、おかあさんもいってたもん。これなら、アクセルとブレーキがごっちゃにならないでしょ?」

「たしかに。交通事故を未然に防ぐことが出来そうね。安心して街を歩けそう」

「そうでしょ? あっ、そうだ。あるいてるひとを、かってによけてくれるきのうも、おまとめしておこう」


 子供は固定概念に囚われにくい分、発想が実に豊かだ。この柔軟性と切り替えの早さは、頭の固い大人になってしまった私としては羨ましく、見習いたいところだ。

 いつの間にか、夕方の情報番組が終わり、次のゴールデン番組までのあいだのコマーシャルが連続する時間に差し掛かった頃、鉛筆を置いたトウマくんに質問された。


「ねぇ、カノコおねえさん」

「なぁに、トウマくん」

「あれ、ぼくがつかったら、あかちゃんにもどるってこと?」

 

 言われたタイミングで流れていたのは、美容成分が配合されたサプリメントのコマーシャルだった。

 私は、効果には個人差があることを断った上で、こうしたデータを宣伝に使うのは、あくまで身体機能の向上に役立つことをアピールするためだと説明したのだが、トウマくんは納得しない様子だった。

 これ一本で五歳若返るというキャッチフレーズは、三十路のヘアピンカーブを曲がった私には、心惹かれるところが無いこともない魔法の言葉だが、五歳児には、その魅力を理解できない用語らしい。

 もしも五年前に戻ったら、トウマくんは、まだ乳児なのか。そんな当たり前のことを実感するとともに、いかに時の流れが残酷なものであるかを痛感した気がした。

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