14.偽り
どうしよう……。
涼乃に好きと言われ、浮かれてついつい彼女の家に来てしまった。だけど、暖まる身体とは裏腹に、頭は冷静さを取り戻しつつあった。
僕は悩んでいる。勢いに身を任せて、涼乃とそういうことをしてしまってもいいのかと。
涼乃のことは好きだ。でも行為がきっかけで、幼馴染の超能力――努力を奪う――は、発動したりしないんだろうか。
僕の力は涼乃と樹に分散されていた。奪われていた力を1度僕に戻し、再度奪い直せば涼乃は今までの倍の力を手に入れることができる。
力を取り戻させることが彼女の計画の一部なのだとしたら、僕はいいように踊らされていたことになる。
今までの僕に逆戻りなんてごめんだ。僕は頑張った成果を、ほんの一部しか見ていない。仮にまた奪われるにしても、全部見てみたい。
分かっている。涼乃はそんなことしないことを。僕が感じている不安は杞憂であることも。
「…………本当に大丈夫なの?」
だけど思わず口に出てしまう。幼馴染への疑念が。
「大丈夫。1度奪った人からは、もう1度奪えたりしないんだ。この力」
力のことだけじゃない。樹のことだってそうだ。
涼乃は樹のことを嫌いだと言っていたけど、彼に対して心残りはないんだろうか。
樹は悪い涼乃に悪い男が近付かないように、今まで彼女のことを守っていた。そのことに対して、涼乃は何も感じていないのだろうか。
「だからいいんだよ……巧。私を好きにして」
ぎゅっと抱き締めてくれる涼乃の身体は温かい。抱き締め返せば、きっと彼女は僕の想いに応えてくれるだろう。
幼馴染の恋人になりたい――密かに胸に秘めていたその願い。それが夢ではなく、現実のものになろうとしている。
なのに実感が湧かない。幼馴染――そこから先の関係になることを躊躇してしまう。
それに涼乃は、僕のために無理をしているようにも感じる。彼女は罪滅ぼしのために、僕のことを好きだと言ってくれているんじゃないんだろうか。
「手……握ってほしいな……」
涼乃の小さな手は震えている。それが行為に対する恐怖から来るものなのか、緊張から来るものなのか、僕には分からない。
樹と違って、涼乃には僕の力を奪っていることに罪悪感があった。だから彼との関係を強制的に終わらせた。
彼女が僕に表してくれている好意は、贖罪であっても不思議なことじゃない。10年以上も付き合いがあるのに、涼乃はつい最近までそんな素振りを僕に見せなかった。
本当のところはどうなんだろう? 本心では僕のことなんて好きじゃないのかも……。
僕はずっと涼乃の1番になりたかった――。
彼女の笑顔を独占したかった。幼馴染の初めての彼氏になりたかった。
常識的に考えたら、気持ち悪いことだとは理解している。でもその想いもあったおかけで、今まで努力してこれた部分もある。
涼乃は最初の彼氏に樹を選んだ。僕の想いを知っていたはずなのに。
僕のことが好きなら彼女は何故僕を選んでくれなかったのだろう。力のない僕には興味がなかったから?
だとすると僕は樹と同じ轍を踏むことになる。もし仮に、僕がまた力を失うようなことがあれば、それと同時に涼乃の僕への興味は失われる。
それに今、涼乃と結ばれたところでこの歪んだ感情はなくなりそうにない。それだけ僕は人生の中で挫折を繰り返してきた。
「…………」
このまま何もせずに帰ろう。
折角のチャンスではあるけれど、気が進まない。別れる可能性があることに怯えながら、涼乃と付き合うことなんて僕にはできない。
「巧……?」
「僕、帰るね」
「え?」
幼馴染を抱き締めていた腕を解き、そのまま上着に手を伸ばす。
涼乃は呆然としている。帰ろうとする僕を引き留めようとはしない。
ああ……。やっぱり――。
「え、え!? あ、ちょっと!」
コートを羽織ったまま家を出る。だけど幼馴染は追いかけてこなかった。
悲しい……。
涼乃の言葉は偽りだった。結局僕は彼女から愛されてなどいなかったのだ。
僕のことが好きならば、追いかけて来てくれてもいいはずなのに、涼乃はそれをしなかった。つまり、そういうことだ。
「寒い……」
吐く息が白い。陽の上っていない空の下というのは当然の如く冷たい。
スマホで時間を確認する。涼乃の家を飛び出したはいいものの、母さんが寝ている時間でなければ、まだ家には帰れないからだ。
体感的にはもう3日くらい過ごしたんじゃないかと思える。もうコンビニをハシゴできないくらいクタクタだ。今日はいろんなことがありすぎた。
「よかった……」
画面に写し出された時間を見て安堵する。
午前1時と表示されている。激動の1日は終わったのだ。
寄り道はせず、真っ直ぐ家に向かう。途中誰ともすれ違うことはない。そもそもこんな夜に誰かと出くわすことが異常なのだけれど。
早足で歩いたこともあって、あっという間に家にたどり着く。
家の明かりは点いていない。きっと母さんは寝ている。これなら家に入っても問題なさそうだ。
とは言え、このまま勢いよくベッドにダイブなんてことはしない方がいいだろう。物音で母さんやその不倫相手に起きられでもしたら面倒だ。
………………。
静かに玄関のドアをを開く。閉める時もまた同様。自分の家なのに泥棒に入っているかのような気分だ。
よかった。気付かれていない。
「!?」
そう思ったのも束の間、靴を脱ごうとした瞬間、ドタドタと床を叩く音が聞こえた。
「巧! どこ行ってたの!?」
僕以上に慌てた様子の母さんが、暗闇の中から姿を現す。とっさに身構えるも、その甲斐もなく僕はそのまま母さんに抱き締められてしまった。
「ごめんね……巧。こんな最悪なお母さんで……」
訳が分からない。母さんが大粒の涙を流している。
何で母さんは僕に謝っているんだろう。彼女は僕のことなんてどうでもいいと思っているはずなのに。




