閑話 一方その頃③
ミハエル視点です。読み飛ばしていただいても、ラヴィニア視点の本編にはいつも通り影響ありません。
ミハエルはミハエルで動いてます!
ようやくラヴィの手がかりを見つけた!
そう思い、ヴィルが人を派遣したのは、イルヴィッツ伯爵領の町だった。
イルヴィッツ伯爵は、現王妃の母親であるハイヒラー侯爵夫人の実兄である。
個人的には非常にどうでもいい相手ではあるが、前王妃唯一の王子という立場と、第一王子と第二王子の大伯父という関係は、嫌でも簡単には断ち切れない。
イルヴィッツ伯爵は、その地位と能力が全く見合わない貴族だ。伯爵という地位にいるにも関わらず、その広大な領地の管理が行き届いておらず、端の方の領地はほとんど放置状態だと聞く。
そんな所にラヴィがいたと思うと、彼女の身に何もなかっただろうか、と不安になる。イルヴィッツとオルトマンは直接的な関係はないため、ラヴィがイルヴィッツ伯爵の名を知らずに訪れたのだろうということは容易に想像できるが。
今日も今日とて、オルトマン辺境伯家のタウンハウスに身を寄せ、ヴィルに渡された調査報告書に目を通す。
すると、ラヴィのことはもちろん気になるが、それ以上にも気になることが色々とあって、思わず頭を抱えたくなってしまった。
ラヴィのことは気になる。とても気になる。もの凄く気になる。気になりすぎて、今すぐ公務やら何やらを放り出してイルヴィッツ伯爵領へと駆け出したい。
しかし、第三王子、という立場がそれを許してくれない。
そもそも、ラヴィは僕の中央での地盤固めの為にと、婚約を解消するつもりなのだ。それなら、そんなことを気にしなくていいほど、僕の足元を固めてしまえばいい。
そのためにも、あの兄二人なんて目じゃないほど有能であることを見せつける必要があった。
そのため、このイルヴィッツ伯爵領の問題は、ある意味幸運とも言える。何せ、相手はハイヒラー侯爵の姻族。王妃に至っては血族だ。イルヴィッツ伯爵の失態は、彼らの失態にも繋がる。
貴族というのは、常に足の引っ張り合いをしているのだから、付け入る隙を見つけたのならば、堂々とそこを突くのみ。
調査資料に目を通していくと、やはり伯爵は領内の端の方はまともに管理していないようだった。本来は領主がすべき仕事の大半を、冒険者ギルドが担っている、とある。しかし、その冒険者ギルドも、特定の冒険者頼りで、まともに機能していない、とのことだ。
何か冒険者にとって利となるものがないのであれば、冒険者もそう立ち寄ることはないだろう。
冒険者ギルドの職員たちも、あまり質は良くなさそうだ。冒険者ギルドは、持ち込まれた依頼をこなせる冒険者が身近にいなければ、他所のギルドに応援要請を出すことだってできる。大きなギルドならば専属冒険者もいるので、そういった人々を派遣する余裕があるのだ。
しかしそれもせずに、実力のある冒険者にのみ負担を強いるのは問題だろう。
――それに、その実力のある冒険者は、十中八九ラヴィのことだ。ラヴィに負担を強いていたという時点で、個人的には同情の余地はないのだが……
「あー……王子やめたい」
「そういうな。十年近く王都にいる身としては、お前が王都に来る前と来た後では雲泥の差なのを実感してるんだ」
一緒に調査資料に目を通しているヴィルが、視線をこちらによこすことなく、褒めてるのかそうでないのか微妙なことを言う。
別に、僕がしていることは大したことじゃない。これまで後回しにされていた福祉関連と、各貴族家当主たちとの軽い交流という名の会談だ。
中には既に第一王子、第二王子に見切りをつけて、僕を支持すると表明している気の早いものまでいる。
その真意が、最善を選んだのか、最悪を回避したのかは不明だが、ひとまず、目標としている地盤固めは地道ではあるが進んでいる。
もっとも、僕の妃の座に、自身の娘を押し込もうとしているのが見え見えな者もいるけれど。
僕がラヴィ一筋であることを早々に理解した者と、そうでない者。
それぞれをすでに心のリストに書き留めているのは、仕方ないことだと思う。
「……ラヴィニアが家を出たのは、ミハエル、お前が王都に戻ったパーティの日だったな?」
「うん」
資料から目を外さず、ヴィルの問いに答える。それがどうしたんだろうか、と思っていると、もう一度「ミハエル」と名を呼ばれた。
顔を上げると、いつになく真剣なヴィルがこちらを見つめていた。
「……どうやら、ラヴィニアに、子供がいるようだ。それも、双子。推定、三ヶ月程度」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなくて、思考が止まる。
……ラヴィに、子供?
そんな馬鹿な。ラヴィに限って、そんなこと。
咄嗟に、そう否定しようと思って、考え直す。
推定、三ヶ月程度。
つまり、生まれたのはおそらく三ヶ月前。
受けたくなくても王族の義務だから、と教育された知識によると、子供が生まれるのは実際に関係を持った日から、おおよそ九ヶ月半後。しかし、双子は少し早く生まれることもあると聞く。
僕とラヴィが関係を持ったのは、今から約……一年前。あの日、ラヴィは間違いなく、純潔だった。
「……え、まさか、僕の子?」
唐突にもたらされた情報に頭が混乱する。ドクドクと、心臓が激しくその存在を主張する。
急いでヴィルに渡された調査書に目を通す。認識阻害のせいでラヴィの容姿に関しては情報がバラバラだったが、赤子がいること、それが双子であることは共通した認識のようだった。
更に、どうやらすでにラヴィは移動してしまったらしい、ということも書いてあったが、それを冷静に受け止めることは、今の僕にはできなかった。
……僕は嬉しいけれど、ラヴィ一人に、大変な思いをさせてしまった。そんな思いが、僕の頭を支配した。




