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猫可愛がりしていたら、喰われました。  作者: 不知火螢


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 オルトマン辺境伯領における社交の女王は、母上、アウグスタ・フォン・オルトマンである。本来ならば姉様もオルトマン直系の娘として、母上を手伝って親族や領内の家臣たちと親交を深める立場にいる。しかし、残念ながら我が姉マリーナは、そんな時間があるなら自分の研究室にこもって魔物研究や、実地調査に出向いている。

 今の時期は大規模討伐もないはずなので、今の時間は十中八九、研究室にいるはずだ。


 転移場所を姉様の研究室傍に定めて魔法陣を展開する。足元に描かれた陣から白い光が発した次の瞬間には、見慣れた姉様の研究室のすぐそばだった。

 姉様、研究室にこもっているときに誰かに邪魔されるのをとても嫌う。なので、使用人たちも極力近づかないようにしている。

 周囲を伺うと予想通り人影はない。それでも念のため防音魔法と認識阻害の魔法をかけておく。


 気配を殺してこそりと窓から姉様の研究室内を確認すると、案の定、姉様は羽ペン片手に、羊皮紙にガリガリと何かを書いていた。


「ちょっと、邪魔しないでっていつも言ってるでしょ」

「……姉様」


 ゆっくりとドアを開けると、姉様は顔を上げることもなく、制止の声を上げる。

 それに対し、私が話しかけると、姉様が勢いよく顔を上げた。私と同じ蒼玉(サファイア)の瞳が、まんまるに見開かれている。


「ラヴィニア! あなた、今まで一体どこに!?」

「えっと、その、ちょっと、色々あって」

「何よその、少したくさんあって、みたいな少しなのか、たくさんなのか分からない言い方は!」

「いやほんと、ちょっとが色々あって……じゃなくて。助けて姉様、姉様の力が必要なの! 具体的には、一角兎が異常繁殖して災害レベルに到達しそうで」

「よし、今すぐ行くわよ、連れて行きなさい」


 母上が何をどこまで説明しているのか分からないので、具体的なことは今ここでは説明できない。

 そこで、確実に姉様の意識が逸れる方法で姉様を連れて行こう! と思ったのだが。

 姉様、気を逸らそうとした私が言うのもなんだけど、ちょろすぎません? 大丈夫? 騙されて、変な壺とか買わされないでね? 並大抵の金額じゃうちが危険になるようなことはないけど。


 目を爛々と輝かせた姉様は、あっという間に身支度を済ませて私の手を握ってきた。


 転移魔法とは、一度でも自分が行ったことのある場所でないと移動できない。そのため、姉様も当然のように転移魔法を使いこなしはするが、行き先が分からないため、私が姉様と一緒に転移することになる。

 別に、魔法陣内に入っていれば一緒に転移できるし、二人同時に移動する魔法陣を描くのも造作もないことではあるが、姉様的には、私を逃がすまい、という気持ちの表れなのだろう。

 それが、私自身から「ちょっと色々」の内容を聞き出すためか、あるいは単に「異常繁殖した一角兎」が気になりすぎているから、なのかまでは、妹である私にも判断はできない。


 十二分に可愛がられているから、心配してくれていたのは間違いないのだが、それとは別に、姉様の魔物研究の熱意も尋常ではないのだ。


 再び転移の魔法陣を展開して、草原へと戻ってくる。

 当初の予定通り、パッと行ってパッと帰ってこれたのは僥倖だ。一度足を運んでいるので、次からは姉様も自分で直接来ることができるし。


「それで、一角兎の群れはどこ!?」


 既に姉様の興味は、一角兎にしか向けられていないようだ。好奇心と興奮が隠しきれない姉様の目は、爛々と輝いている。ここが何処かもどうでもいいらしい。まぁ、私も正確には把握してないけど。

 今にも駆け出していきそうな姉様の手をしっかり掴んで、ゆっくりと歩き出す。そうでもしないと、あの白の塊を目にした瞬間、危険を顧みずに飛び込んでいきそうな雰囲気さえ醸し出しているのだ。


「あそこ。見える? あの白の塊。あれ、多分全部一角兎だと思うんだけど……姉様?」

「……」


 姉様を案内した先で、先程私が確認したのと変わらぬ白い塊が蠢いている。

 通常の兎同様、あまり一角兎も鳴き声を上げないので比較的静かであるが、姉様まで静かだな? と思ったら、既に研究者モードに入っていたらしい。どこからともなく双眼鏡を取り出し、超巨大な群れを観察し始めていた。


「なるほど、確かにアレは一つの群れね。あの距離感でひしめき合っているのであれば、他の群れならば、とっくに縄張り争いで数が激減してるはず。それに、野生の割に毛皮が綺麗だし……パッと見、怪我をしている個体も比較的少ないように見える」

「ボス個体がいると思うんだけど、確認できる?」


 人間も動物も、そして魔物も。集団にはかならずリーダー格、ボス格が存在する。大規模な人間のリーダーは、国王、領主、町長などがそれに当たる。小さな集まりを纏める中くらいの集団、中くらいの集団を纏める大きな集団、これが基本だ。

 騎士団も小隊、それを纏める中隊……と言う構成になっている。


 なので、あの異常に巨大な群れにも必ずその群れを率いるボス個体がいるはずで、そのボス個体をどうにかすれば、すぐに瓦解して、常識的な大きさの群れに分裂する、と思うんだけど……


 いや、それでも群れの数は多いので討伐対象には変わりないけど。


「確実にいるのは間違いないけど、ここからじゃ見えないわね。物理的に埋もれてるか、遠すぎて見えないか、あるいは単独行動してるか……いずれにせよ、好戦的な一角兎を、この規模で纏める以上、並の個体では無さそうね」

「数百どころじゃないよね…数千…万行くと思う?」


 できればそこまでは増えていないといい。増えてないでほしい。増えてないで。

 そんな思いを込めて、ちろりと姉様を見てみると、姉様は双眼鏡を手放すことなく「んー……」と考えはじめた。


「……いえ、流石に万はいかないでしょう。もしその規模になってたら、既に近くの人里は甚大な被害を受けて、下手したら国が討伐に乗り出してるはず。そんな話は聞かないから、まだ、領主がこの事態には気づいてないということ。つまり、この規模になってまだそれほど月日は経っていない、ということよ。いま対処しないと、数ヶ月後には、この数倍の規模になるわね」

「ひえっ……」


 姉様の「万はいってない」に安堵した束の間、直ぐにもっと恐ろしい話を聞かされた。


 ひえっ………


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