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子供たちにたっぷりとおっぱいをあげた後、約束通り宿屋の奥さんに預けて、例の畑へと向かう。
改めて焦点を絞って調査を進めると、おかしな点がいくつか見つかった。
炎狐以外にも、火喰鳥の死骸も見つかったのである。こちらも炎狐ほどではないが一角兎を捕食する。しかしそれ以上に、「火」を食すという、実に人間にはできない魔物らしい生態をしている。こちらは一角兎に、というよりも炎狐の操る火を目的としてきたのだろう。そして炎狐同様、一角兎に囲まれて絶命したと推測できる。
畑の被害からして通常の一角兎の群れが複数いるであろうことまでは推測できるが、現時点ではどの規模の群れに拡大しているのかはまだ分からない。
ただ、巣穴のある方向はなんとなくわかった。数が多い分、移動時に残す痕跡は多い。
「姉様なら、もっと詳しいんだけどなぁ」
現在二十三歳である姉、マリーナ・フォン・オルトマンは、魔物研究者として名を馳せている。年齢的にはどこかに嫁いでいてもおかしくないのだが、このまま家に残るか、もしくは分家を立てて婿を取るつもりらしい。
なにせ、オルトマン辺境伯領は魔物研究の対象に事欠かない。なので、領地から出たくないのだ、姉様は。領内の貴族に嫁ぐという選択肢もないらしい。女主人になってしまえば研究に時間を割けないから、と。
そんな姉様には、よくミハエル殿下と一緒に、魔物講義を受けていた。オルトマンの子供として、その婚約者として、魔物のことは知っておいて損はないから、と。
なるほど、確かに! と私も殿下も、とても素直に魔物に関する話を聞いていた知識が、まさか領地を離れてから役に立つとは思わなかった。
なんにせよ、今はそのとても頼りになる姉様に話を聞くこともできないので、これまで学んできた知識と経験で、なんとか考えるしかない。
踏み荒らされて獣道のようにできている跡をたどっていくと、町から抜けて、街道沿いに広がる草原にまでたどり着いた。元々畑が町のはずれにあるので、人間にとっては移動距離としては大したことはないが、小型の魔物である一角兎にとっては大移動である。
これほどの距離を移動するとなると、それも群れでの移動となると、時間はそれなりにかかるはずだ。
それほどの大移動をしてまで町の畑に来ている、というのはやはり違和感がある。
改めて周囲を見回すと、草原、ではあるが、その草は根元を残してほとんど食べられているようだった。
植物には詳しくないので詳細は不明だが、残っているのはたしか、触れるとかぶれる草とか、何かの毒を持っているとか、そういう植物だけのようだ。
「……なるほど。人間の町にわざわざ大移動してまで来るのは、食物がすでに巣穴周辺にないから。……つまり、それだけ増殖している、と」
ここまで草を食べつくしてしまえば、天敵から身を隠す方法が無くなる。なので、通常はそんな異常行動を起こしはしないのだが、それだけ食糧が足りなくなっているのか、あるいは個体数が増えたことにより天敵さえも屠れると、生存本能よりも闘争本能が勝ったか。
いずれにせよ、どんどん想定よりもまずい方向に上回っていく。
更に少し進むと、そこには目を疑う光景が広がっていた。
一見すると、質のいい白いラグが一面に広がっているようにも見える。しかし、その実態は、途方もない数の一角兎の塊だ。群れ、などという表現は生ぬるい。あれは、文字通り【塊】だ。
しかし、そうなるとおかしな点もある。
あれだけ密集していると、確実にそれぞれの群れの縄張りは重なり合っている。となると、一角兎同士による熾烈な縄張り争いが勃発しているはずなのだが、不思議なことに、争い合う様子はない。
となると、あれは一つの群れ、ということになるのだが……
ごくり、と固唾を飲み、ゆっくりとその白の塊へと近づく。
一角兎の縄張り意識は基本的に同族に向けられる。例え同じ空間に同族以外の他の生命体がいようとも、自分たちに敵意を向けなければ、襲ってくることはない。
……はずだったのだが。
正直、予想を上回る事態ばかり発覚しているので、あの一角兎は私が知っている魔物とはすでに別種であるという認識でいた方がいいのかもしれない。
どうしよう、本当に、姉様に相談したい。姉様なら、どうするだろうか。
……うん、喜々として研究対象にするなぁ、間違いなく。
実際、研究価値のある事例ではあると思う。知識としては知っていても、実際に目にするまで、あんなに一角兎が集まる事態なんて、見たことも聞いたこともない。
そもそも、私が家を出ているのは、別に家に対してやましいことがあるとか、家族が嫌いで、とかではない。
本当はもっとこまめに連絡を取るつもりだった。ただ、思わぬ妊娠だったので、子供の存在を知っている人は少ない方がいい、という母上の判断の元、あまり連絡を取らないでいる。
でも、本当に今の今なら、子供たちは宿屋の奥さんに預けているし、パッと家に戻って、なんとかこっそりと姉様にだけ連絡を取ってきてもらえないだろうか。
姉様、大体いつも自分の研究室にいるので、こっそり会いに行くのはそう難しいことではない。
それに、姉様に子供たちのことがばれても、姉様は兄様と違って口は固いし、誰かに言いふらしたりすることもないだろう。
単にあの白い塊たちを殲滅するだけなら私一人でも余裕であるが、万が一、町へとあの集団がなだれ込んだら、ということを考えると、簡単にはことを決められない。
「……私の都合で、町を危険にさらすわけにもいかないしね」
幾分かの検討の末、私は二ヶ月ぶりに、実家へと戻ることにした。
誰だよ、一角兎なんて多少多くても余裕、とか言ってたの。
私だよ!!




