31.運命の夜会
(ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう……)
ドレスに着替えながらわたしはため息をつく。
アインハードが用意したドレスを改めて見てみると、本当に豪奢で綺麗だと思う。こんなの普通は婚約者にしか贈らない。このドレスを着てアインハードの隣に立つということは、周りからそういう目で見られるということだ。
シャルロッテからはものすごく羨ましがられた。……というか、散々恨み言を言われた。ほんの少し前のわたしなら、きっと心から喜べただろう。だって、そうなるようにずっと努力をしてきたんだもの。
アインハードの妃になりたかった。復讐を成し遂げたいと思っていた。だから、本当はこの状況を素直に喜ぶべきなんだ。頭ではそうわかっているのに、残念ながら心がついてこない。
(わたしは復讐をしなきゃいけない)
わたしを産んでくれた両親のために。わたしに愛を教えてくれた両親のために。それがわたしの生きていい理由。ここにいてもいい理由なんだ。
そのためなら、わたしを犠牲にしても構わない。わたしのせいでゼリックやパパたちまで一緒に罰されたとしても仕方がないんだって。
(本当に?)
鏡の前の自分を見つめながら涙がポロポロとこぼれてくる。
怖い。
わたしのことなんてどうでもいい。だけど、だけど――ゼリックが傷つくのは絶対嫌だ。
『殺しなさい』
その瞬間、頭の中で前世の両親の声が響いた。
何度も、何度も。頭の中が二人の声でいっぱいになる。わたしの声が聞こえなくなるまで、ずっと、ずっと。
――やっぱり両親を裏切ることなんてできない。わたしは二人の無念を晴らさなければいけないんだ!
(よしっ)
頬を叩いて自分に気合を入れ直す。
今夜は大一番だ。わたしはきっと、アインハードにプロポーズをさせてみせる。そうして復讐への大きな一歩を踏み出すんだ。
***
「リビー」
城に到着するとすぐにアインハードがわたしを出迎えてくれた。彼が着ている白を基調とした夜会服には黄緑色の刺繍が施されている。誰が見てもわたしのドレスとお揃いだとわかる一着だ。
「ドレス、とても似合っているよ」
アインハードはそう言ってわたしの額にキスをする。
「アインハード殿下、素敵なドレスをありがとうございます。パートナーにお誘いいただいたことも、とても嬉しいです」
微笑みながらそう返事をすると、アインハードはそっと目を細めた。
「そう言ってもらえてよかったよ。リビーは最近俺を避けているようだったし」
(うっ)
声が出そうになるのを押し殺しつつ、わたしは「まさか」と笑う。それからアインハードの腕にギュッと抱きついた。
「今夜はよろしくお願いいたします」
「ああ」
アインハードはもう一度わたしの額に口づけをしてから、ゆっくりと歩きはじめた。
夜会会場に到着するとすぐに、たくさんの人がアインハードに挨拶へとやってきた。国の重鎮や高位貴族、ゼリック以外の側近候補たち――。
(ゼリックは今、どこにいるんだろう?)
ゼリックには今夜のことを話していない。言えば阻止してもらえるかもしれないと思ったけど、なんとなく言い出せなかった。ただ、ゼリックのことだからきっと、わたしが夜会に誘われたことなんて当然のように把握しているはずだし、そのうえで口を挟まないことを選んだんだと思う。それがどうしてなのかはわからないけど。
「リビー、次は俺の両親に会ってくれるか?」
「え? あ、ええ」
挨拶の波が途切れたところで、アインハードにそう声をかけられる。わたしはアインハードについて、夜会会場の中央へと向かった。
「父上、母上」
アインハードの呼びかけに男女二人が反応する。アインハードによく似た金の髪と、美しく整った目鼻立ち。実年齢はアラフォーなのに対し、二人とも見た目は二十代後半にしか見えない。
(これがわたしの復讐相手――ジルヴィロスキー王国の国王と王妃)
そう思った途端、身体中の血液がざわりと騒ぐ。わたしはゴクリと息を呑んだ。
「アインハード、そちらの令嬢が……」
「ええ、以前からお話しておりましたリビー・グレゾール伯爵令嬢です」
男性――国王の言葉にアインハードが深くうなずく。目配せを受けてから、わたしは二人に向かって大きく膝を折った。
「はじめまして、リビー・グレゾールと申します」
「そうか……」
顔を上げ、わたしが微笑むと、国王はそっと目を細める。
「随分大きくなったね」
「え?」
(大きくなった?)
どうしてそんなことを思うのだろう?
わたしの疑問に呼応するかのごとくアインハードが顔をしかめ、そっと身を乗り出した。
「父上はリビーと面識が? 俺の記憶では今回が初対面だと……」
「おまえが十歳の時、パーティーに来ていただろう? 挨拶は交わしていないけれど、遠目に見かけたのを覚えていたんだよ」
「ああ、あのときに……」
アインハードが納得した様子で微笑む。だけど、わたしはなんとなく腑に落ちなかった。
(確かにあの日、わたしは国王と王妃と同じ空間にいた)
復讐相手を確認する貴重なチャンスだもの。できる限り二人に近づけるよう、必死に努力したのを覚えている。
だけど、あのときはゼリックにピッタリ張り付かれていたせいで、体育館のステージから入口レベルぐらいの距離までしか近づけなかった。あれじゃ顔なんてまともに見れない。ましてや、わたしを『グレゾール家の令嬢』と判別するのは非常に難しいのではないだろうか?
「本当に、美しい令嬢に成長したね」
「陛下にそんなふうにおっしゃっていただけて光栄です」
当たり障りのない会話をしているはずなのに、胸がドクンドクンと騒ぎはじめる。まるでアインハードと二人きりで演習に出かけたときみたいに。
『――殺しなさい』
とそのとき、頭の中で現世の両親の声が響き渡った。




