30.逃亡劇の行方
それから数日間、わたしは全力でアインハードから逃げ回った。昼休みも放課後も、ほんの数分しかない授業の合間も、全部。
幸い、逃亡先には困らなかった。わたしには全知全能の神、ゼリックがついているからだ。
「リビー、おいで」
ゼリックはわたしを匿うだけでなく、仮眠を取らせてくれるし癒やしてくれる。おかげで夜にはまた現世の両親の夢を見るようになったものの、以前のようには睡眠不足を感じなくなった。
そして、この逃亡劇で得をした人間が一人いる。シャルロッテだ。
「リビーのおかげでアインハード殿下とたくさんお話ができて幸せだわ」
毎時間のようにアインハードがわたしたちの教室を訪れるので、そのたびにシャルロッテが対応をしてくれている。おかげで名前と顔は完全に覚えてもらったとご満悦だ。
ただ、他のクラスメイトによると、わたしがいないと知るなり探しに出ようとするアインハードをシャルロッテが強引に引き止めているので、見ていて結構危なっかしいらしい。変なトラブルが起きないことを祈るばかりだ。
(今日はもう門限を過ぎたから、アインハードがここに来ることはないもんね)
おかげでゆっくりシャルロッテと話せる。わたしはホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても、リビーはいったいどうしちゃったの? あんなにアインハード殿下に気に入られたいって話していたのに、これじゃ逆効果じゃない?」
「いやぁ、その……なんとなく?」
シャルロッテのご指摘はまったくもってごもっともだ。急に態度が変わったのだから不思議に思うのは無理もない。
(だけど、怖いんだもん)
いつまたアインハードを殺しそうになるかわからない。しかもこの場合、自分の命まで道連れにしなきゃいけないのだ。
別に復讐を諦めたわけじゃないし、元々命がけだっていうのはわかっている。けれど、自分の意に沿わない形では絶対に嫌だ。
「まあ、いいけどね! その分わたくしにチャンスが回ってきますもの。だけど、その……」
「……? どうかしたの?」
もじもじと手をいじるシャルロッテを見つつ、わたしはほんのりと首を傾げる。
「休み時間を一人で過ごすのは少し寂しいですわ。リビーとおしゃべりするの、とても楽しかったんですもの」
「ううっ……!」
可愛いっ! というか、いじらしいなぁ!
「ごめんね、シャルロッテ! 大好き! 明日はわたしと一緒に過ごそう!」
わたしは思わずシャルロッテを抱きしめる。シャルロッテは顔を真っ赤に染めつつ、ふいとわたしから顔を背けた。
***
次の日、シャルロッテと休み時間を過ごすため、わたしは教室を動かなかった。というか、ちょうどゼリックも王宮に呼ばれているって聞いていたし、いいタイミングだったのだ。
(アインハードの突撃も最近では弱まっているって話だったし、いつまでも逃げ回るわけにはいかない。それに、ちょっと話をするぐらいならね……)
そんなことを思っていたものの、自分が甘かったことを思い知らされる。最初の休み時間に早速アインハードがやってきてしまったからだ。
「リビー! 会えてよかった!」
アインハードは会うなりわたしの手を握ってくる。わたしは気持ち手をアインハードから遠ざけつつ、謝罪をしながら微笑んだ。
「ゼリックの控室にも行ってみたんだ。だけど、いつも不在で」
「いやぁ、まあ……はは」
(アインハードが来るだろう場所は全部避けていたからね)
ゼリックは人の考えを先読みするのがとにかくうまい。だからこそ、逃亡期間中は一度もアインハードと遭遇せずに済んでいた。ガゼボや階段の踊り場、寮の談話室などなど、毎回違う場所に逃げ込んでいたので、かくれんぼと鬼ごっこをしているみたいで少し楽しいと思ったのは秘密だ。
「それより、会えてよかった。リビーに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの、ですか? なんでしょう?」
アインハードはいつの間に呼び寄せていたのか、お目付け役の男性たちに目配せをする。それから、わたしに向かって大きな箱を差し出した。
「え? ええと、これは……?」
「今度の夜会でリビーに着てもらおうと準備したんだ」
アインハードの合図に、お目付け役たちが箱からドレスを取り出す。中身は白と黄緑のコントラストが美しい、フリルがたくさんあしらわれたドレスだった。よくみたらスカートには細かく刺繍が入っているし、デザインや素材から判断してママが大好きなブランドのオートクチュールに違いない。
(待って! これ、絶対高価なやつ)
なんでもない相手にポンと贈っていい代物ではない。
(どうしてわたしなんかにドレスを?)
なんて、聞いたら最後。半ば絶望的な気持ちでわたしはアインハードを見上げる。
「リビー、俺のパートナーになってほしい」
「えええ?」
その途端、わたしはもちろんのこと、教室中に激震が走った。
(アインハードのバカ!)
どうしてこんなところで、こんな誘い方するのよ! これじゃ絶対に断れないじゃない!
しかもクラスメイトたちが『アインハードの妃はリビーに決まりでは?』みたいな目配せをし合っているし、ものすごく困るんだけど!
「お誘いいただきありがとうございます。ですが、ええっと、夜会の日はたしか実家で用事があったような……」
「リビーの父親にその日は空けておくよう事前に伝えてあったから、リビーの言う用事はつまり、俺との夜会のことだろう」
「そう……? いや、でも、その……そうかもしれませんね?」
ダメだ。言い訳がなにも思い浮かばない。というか、この状況下で断れる人間がいたらすごいと思う。
(ゼリック、出番よ! お願いだからわたしを助けて!)
心のなかでそう叫ぶものの、ゼリックは一向に現れない。……王宮にいるのだから当然だ。もしかして、アインハードはそこまで計算をしていたのだろうか?
だとしたら、わたしに残された選択肢はただ一つ。
「よ、喜んでお受けいたします」
わたしの返事を聞いてアインハードは満足気に笑うのだった。




