29.リビーの誤算
演習の日から、わたしは二週間ほど自宅で静養した。幸いなことに、ちょうど学園の連休も重なっていたので大した欠席日数にはなっていない。おかげで余計なことはほとんど考えずに済み、とてもありがたかった。
(それにしても、本当にゼリック様様だわ)
静養中わたしは毎日ゼリックと手を繋いで眠った。そうすると、現世の両親が不思議と夢の中に現れない。まるで幼少期のように身軽になれたし、すこぶる体調がよくなった。
「たくさん食べてね、リビー。あなたほんの少し見なかった間に痩せすぎよ?」
ママはそう言って甲斐甲斐しくわたしの世話を焼いてくれた。まるで赤ん坊にでも戻ったかのような気分だ。料理長に頼んでわたしの好物をたっぷり用意してくれたので、入学以降一気に減少していた体重がサクッともとに戻った。
そうして迎えた久しぶりの登校日。教室に行くなり、わたしはシャルロッテからものすごい勢いで詰め寄られた。
「リビーのバカ! 心配したんだからねっ!」
シャルロッテは顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。貴族の令嬢にあるまじき振る舞いだ。だけど、わたしはそれがとても嬉しかった。
「体は? もう大丈夫なの?」
「うん! 多分だけど、寮のベッドが合ってなかったみたい。実家で眠ったらすごく体調がよくなったわ」
「よかったぁ!」
シャルロッテはまるで自分のことのように喜んでくれる。わたしは思わず目を細めた。
「ね……ねえ、わたしの処分がどうなったかシャルロッテは知ってる?」
「処分? なによそれ?」
と、シャルロッテが首を傾げる。わたしは真剣な表情を浮かべながら静かに頷いた。
「アインハード殿下を危険な目に――というか、迷惑をかけたんだもの。なにかお咎めがあってもおかしくないと思って。お兄様に聞いてもなにも教えてくれないし……」
「ええ? 体調不良なんて誰でもあることでしょう? そんなことでお咎めなんてあるわけないじゃない」
シャルロッテはそう言ってケラケラと笑っている。
「そっか……」
(そうよね)
わたしの頭の中で起こったこと――両親からアインハードの殺害を指示されたことは、他の人にはわかりようがない。ただの体調不良に見えてしかるべきなのだ。
「まあでも、妃選びからは数歩ぐらい遠ざかったかもしれないけどねっ」
「あ……うん、まあそうかもね」
返事をしつつ、わたしはついつい苦笑いを浮かべる。
学園からのお咎めはなくとも、王家はわたしをよくは思わないだろう。今後はアインハードにできるだけ近づけたくないと思われてもおかしくない。
(でも、むしろホッとしていたりして)
ため息をつきつつ、わたしはそっと窓の外を見る。
もしもまたアインハードと二人きりになったとして、前回と同じことが起きないとも限らない。今はゼリックパワーで睡眠不足が解消されているけど、週末や学園の空き時間だけしっかり眠れたとして、それでこと足りるかはわからないからだ。
(アインハードとはできるだけ二人きりにならないほうがいい)
あんな形で復讐を成し遂げるのは不本意だもの。まだまだ覚悟が足りないってわかったし、準備が整うまではアインハードに近づかないべきだ。そう思っていたのだけど――。
「リビーは来ているか?」
教室の向こう側からそんな声が聞こえてくる。アインハードだ。
(たった今、近づきたくないって思ったばかりなのに……!)
だけど、当然隠れることなんてできやしない。アインハードに頼まれてわたしを呼びに来たクラスメイトにお礼を言いつつ、わたしは渋々立ち上がった。
「アインハード殿下、あの……この度はご迷惑をおかけして……」
「そんなことはどうでもいい! 体は? もう大丈夫なのか?」
アインハードはわたしを引き寄せ、すごい勢いで尋ねてくる。と同時に、クラス中の視線(特にシャルロッテ)がわたしたちに注がれるのがわかった。
(やめて! お願いだからこっちを見ないで!)
わたしは彼らに気づかないふりをしながら、アインハードに向かって微笑んだ。
「平気です。兄のおかげでしっかり睡眠を確保できましたので、すっかりよくなりました」
早くこの場を収めたい。変に注目を浴びたくないし、今はアインハードと距離を置きたいんだって!
「それはよかった。リビーになにかあったら大変だからな」
アインハードはホッとしたように微笑むと、わたしの手をギュッと握る。心臓がドキッとしつつ、ついついもう一度周囲の視線を気にしてしまった。
「リビー、昼食を一緒に取らないか?」
「え? ええっと……」
なんだろう? 雲行きが怪しい。
そういえば……本当にそういえばなんだけど、あの日、わたしが倒れる直前にアインハードに『妃になりたい』と伝えたんだっけ。
(どうしよう)
ただの体調不良として片付けられている以上、わたしがアインハードを殺しそうになっていたことを本人は知らない。ゼリックはわたしの魔力が暴走していたことを知っているだろうけど、それを他の誰かに言うとも思えない。
つまり、アインハードの中で『妃』についての話はまったく途切れずに続いているのだろう。
「大変申し訳ございません。昼休みはしばらく、お兄様のところに行くことになっているんです。体の具合を診てもらうよう両親から言われていて。もしまた倒れたら大変ですから」
「それはそうだろうな」
アインハードが苦笑する。彼の中でも『あらゆる事柄もゼリックならば仕方ない』という方程式が成立しているのだ。
「けれど、毎日じゃなくてもいいだろう?」
「それは……どうでしょう?」
アインハードのバカ! なんでこんなに詰めてくるのよ! こういうときは「それじゃあ、そのうち」とかって約束とも呼べない約束をして、サクッと話を締めるものでしょう!
「リビー、俺は……」
「そろそろ教室に戻らないと授業に遅れますよ?」
と、アインハードの背後から声がかけられる。
「お兄様!」
「ゼリック、だが今は……」
「些細なことで殿下の評価が下がってはもったいないではありませんか。さあ、早くお戻りください。リビーも、もう授業をはじめるよ」
「はい、お兄様」
わたしはゼリックに向かって微笑みつつ、急いで自分の席へ戻る。
(ありがとう、ゼリック)
アインハードとの会話を邪魔されて嬉しいと思ったのははじめての経験だ。だけど、今はゼリックがまるで神様みたいに見えてくる。
それにしても、これから先がとても不安だ。わたしは大きくため息をつくのだった。




