22.青天の霹靂
(ようやく復讐計画が進められるわ)
わたしはため息をつきつつ、校舎へと向かう王太子アインハードの背中を見る。
ここに至るまでとても長かった。復讐は赤ん坊の頃からの悲願のため、約十五年間もチャンスを待ち詫びていたことになる。
(だけど、ここから先はもう邪魔は入らない)
先程のアインハードとのやり取りを思い出しながら、わたしは口の端をニヤリと上げる。
このまま頑張っていたらきっとイケる。絶対に王太子妃に選ばれて、復讐を成し遂げるんだ――! そう意気込んだそのときだ。突然背後から誰かにギュッと抱きしめられてしまった。
「きゃっ! だ、誰?」
スリ? はたまた痴漢? ……いや、警備もしっかりした学園内でそんなことする――? 頭の中でそんな疑問が駆け巡る。
だけど、次の瞬間、清涼感のある香水の香りと、慣れ親しんだ温もりに目を瞠った。
(身に覚えがありすぎる)
というか、ついさっきも同じものを体感したばっかりだもん。
まさか、まさか――!
「会いたかったよ、リビー」
透き通ったテノールボイスでそう囁かれ、わたしはガックリと肩を落とした。
「どうしてお兄様が学園に?」
わたしを抱きしめてきたのはゼリックだった。早い段階でわかっちゃいたけど! 心が理解することを拒否してたんだもの。
「っていうか、『会いたかった』って、さっき家の前で別れたばかりじゃない?」
「え? そんな……僕はリビーと片時も離れたくないんだよ?」
ほんのり首を傾げながらゼリックが悲しげに微笑む。純粋無垢なその表情と仕草にわたしはガッツリとダメージを食らった。
(まあね! そう言うと思ってたけど!)
正直、ゼリックの愛情は一ミリも疑っていない。というか疑いようがないのだ。
だけど、ようやく復讐が進められるというこの大事なタイミングで出現されたらすごく困る。
「それで? どうしてここにいるんですか?」
「もちろん、リビーの学園生活を傍で見守るためだよ。僕、講師になったんだ」
「ええっ? なにそれ! そんなの聞いてませんよ!」
「リビーを驚かせたくて内緒にしていたんだ」
ごめんね、って笑いながらゼリックがわたしの頭を優しく撫でる。動揺のあまり、胸がバクバク鳴りはじめた。
(ゼリックが講師? この学園の?)
嘘でしょう? そんな話ってある?
つまり、ゼリックはこれからこの学園に出入り自由ってこと? それじゃあ、これまでみたいにわたしがアインハードと会話をしているときに突如として現れたり、交流状況も全部筒抜けになってしまうってわけ?
そんな! ようやくゼリックから物理的に離れて復讐計画が進められると思っていたのに!
間違いない。ゼリックは絶対わたしの邪魔をする。誰か嘘だと言ってほしい――わたしはゼリックをキッと見上げた。
「またまた〜〜。本当はちょっと様子を見に来ただけなのでしょう? お兄様はわたしのことを溺愛しているから……」
「いや、本当だよ。この学園の魔法に関する講師は、王宮魔術師から派遣されることになっているんだ。リビーの入学に合わせて転属願いを出していたんだけど、めでたく希望が聞き入れられてね。配属先が神殿から学園に変わったんだ。もちろん、リビーのことは心から愛しているよ」
ゼリックはニコニコと笑いながらそんなことを言ってのける。
「転属願いってそんな……神殿で人々を治癒するのはやりがいがあっていいっておっしゃっていたじゃないですか!」
「大丈夫、神殿には休日に顔を出そうと思っているよ。僕を指名してくれる来殿者も多かったし、やりがいを感じていたのは本当だからね。だけど、未来を担う若者――リビーを育むのはなにより大事だと思ったんだ」
「えええ?」
(そんな私欲で仕事を決めていいの?)
っていうか、ゼリックの価値基準があまりにも『わたし』すぎる。
「ほ、本当に? お兄様がこの学園の講師なんですか?」
「うん、そうだよ」
(チッ、やっぱりダメか)
できれば冗談であってほしかった。だけど、現実はきちんと受け入れなくちゃならない。じゃないと、上手くいくものもいかなくなる。来てしまったものは仕方がないのだ。
「リビー、怒ってる? ごめんね、内緒にしていて」
ゼリックがシュンと肩を落とす。
朝方見た真っ白なローブではなく、学生の制服とよく似たネイビーのローブを着ているせいか、実年齢よりも若い――というか、同年代ぐらいに見える。
(悔しいけど可愛い)
わたしは昔からゼリックのこの表情に弱いんだ。ムッと唇を尖らせつつ、わたしはゼリックの頭をよしよしと撫でる。
「怒ってるけど怒ってません」
復讐――というかアインハード攻略計画は困難を極めるし、改めて練り直さなきゃならないだろう。だけど、ゼリックとしょっちゅう会えるのは普通に嬉しいんだもの。
「よかった」
ゼリックはそう言って満面の笑みを浮かべる。心のなかでため息をつきつつ、わたしも笑顔を返すのだった。




