20.学園入学の朝に
(ああ、ついにここまで来てしまった)
鏡の前の自分と向き合いながらそんなことを思う。
現世のわたしは前世の享年を超え、十六歳へと成長した。
黄緑色の髪の毛は腰のあたりまで伸び、エメラルドみたいな瞳はさらに大きく輝きを増したと評判だ。身長は157センチメートルで止まってしまったけど、前世でいうモデル体型だし、なによりとんでもない美少女なので、どんなドレスを着ても様になるしすごく楽しい。
(でも、未だにアインハードの婚約者には選ばれていないのよね……)
はあ、とため息をつきながらわたしはゆっくりと目をつぶった。
二つ年上のアインハードは現在十八歳。ここに至るまでの五年間、わたしは彼と文通を続けてきた。
だけど、実際に顔を合わせたのはほんの数回だし、わたしの隣には毎回ゼリックがいた。王家主催の夜会も、若手だけが参加できる魔術大会も、二人だけのお茶会を企画しても毎回、毎回。こんな調子だから、わたしたちの仲は当然進展するはずもなく、ただのお友達という状態が続いている。
(でも、今日からは違う)
だって、今日からわたしもアインハードと同じ王立学園に通うんだもの。
状況としてはゼリックが王立学園に通うようになった五年前と似ているようにも思えるけど、実際のところまったく異なる。
なぜなら、わたしもアインハードも学園内の寮で暮らすし、外部の人間は容易く学園内に入れない。つまり、ゼリックの邪魔は入らずアインハードと交流し放題。最高の環境ということだ。
ちなみに、ゼリックは王立学園卒業後にパパと同じ魔術師団に入団し、王宮魔術師になった。配属先の関係で、金糸の入った真っ白なローブが制服なんだけど、ゼリックの雰囲気にピッタリ似合っていて神々しさが増して見える。わたしはローブのデザイナーに対して密かに称賛を送った。
なお、結局この五年間でゼリックに婚約者はできなかった。わたしが用意した婚約者候補たちはもちろんのこと、クラスメイトや後輩たちからも熱烈に慕われていたのに、今は誰とも結婚する気はないと公言してしまったからだ。
(アインハードには『ちゃんと考えてる』って言ってたくせにね)
まあ、ゼリック的には『自分の結婚話のせいでわたしを危険にさらした』ってことで、そういうことは極限まで避けて通りたいと。そのためには公言するのが手っ取り早いということで、わたしの止めるまもなくあっさり話を進められてしまった。
でも、学生時代はまだしも、二十一歳になった今でも婚約者すらいないのはもったいないと思う。だって――。
「リビー、準備はできた?」
ノックの後、ゼリックがわたしの部屋へと入ってくる。
(うっ……やっぱりゼリックは格別だわ)
五年前よりも身長はさらに伸び、大人っぽさと美しさに磨きがかかった。もはや生きる彫刻というか、本当に神様が降臨したかのようなオーラと輝きをまとっていて、家族のわたしですら直視するのが難しい。なんというか、拝む対象みたいな? 人間パワースポットとかって表現のほうがしっくり来るかもしれない。魔術師団における配属先も神殿だし。神殿とゼリックってめちゃくちゃ親和性が高いんだから。
もしもこの遺伝子を残せなかったら世界の損失だとわたしは思う。だから、ゼリックにはぜひとも結婚をしてほしいんだけど、今のところ宣言を取り消す気はないらしい。職場でもモテモテだって噂なのに、本当にもったいない話だ。
「ああ、学園の制服がよく似合ってる。この世の中の誰よりもリビーが一番綺麗だよ」
真新しい制服に身を包んだわたしをゼリックがギュッと抱きしめる。と、同時にわたしはなんとなく背徳感に襲われた。ゼリックが真っ白なローブを着ているせいだろうか? わたしが制服を着ているせい? ……というか、わたしたちはもう子供じゃないし、兄妹としての適切な距離感が必要ではないかと思うわけで。
「ありがとうございます、お兄様。けれど、そろそろ妹離れをしてください。そういった言葉は恋人や婚約者にかけるべきです」
まあいいか、まだいいかとシスコン卒業を先送りにして早数年。これ以上は引き延ばせない限界まで到達しているとわたしは思う。
「リビーから離れるなんて一生無理だと思うな。僕からの称賛の言葉を他の女性に贈ることも一生ないよ」
ゼリックはそう言ってわたしの額にキスをする。……うん、確かに今のままじゃ無理そうだ。シスコン拗らせてるもの。
(だけど、ゼリックには無理でもわたしは違う)
アインハードとの婚約が決まってしまえばそれで終わり。学園卒業と同時に城に移り住んで、王家への復讐計画を決行する。そうすれば、ゼリックがどんだけ離れたくないって言っても無駄だもん。
「――リビー、今夜はあまり眠れなかった?」
と、ゼリックがわたしの目元をそっと撫でる。わたしは思わずドキッとしてしまった。
「実は……その、緊張してしまったみたいで」
本当は寝不足の理由は緊張なんかのせいじゃない。十三歳になって以降毎晩、現世の生みの親が夢に現れているからだ。
『早くあいつらを殺して』
『復讐するんだ』
『わたしたちの無念を晴らして』
『それがおまえの生まれてきた理由だろう?』
それまでは数日置きぐらいの頻度だったのに、ひどい話でしょう? おかげで、どれだけ寝てもスッキリしない。常に睡眠不足と疲労感と戦っている状況だ。
「大丈夫? 学園なんて行かずに眠ってもいいんだよ? 僕が側についているから」
ゼリックがそう言ってわたしの両手をそっと握る。額を重ねられ心配そうな表情で瞳を覗き込まれると、ほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。
(もしかして、浄化作用でも付いてるのかな?)
ずっと神童だって言われてきたし、なにか神がかった力的なものを持っているのかも。そう思ったら楽しくなってきて、わたしは静かに目を細めた。
「大丈夫ですよ。頑丈な体に産んでもらいましたもの」
ゼリックはそれを聞くと、どこか困ったように微笑んだ。
「いいかい? くれぐれも無茶をしてはいけないよ。自分を大事に。リビーの体はリビーだけのものじゃないんだからね」
「……お兄様、その言葉は通常妊婦さんにかけるものです」
ゼリックの意図はわかるけど。わたしになにかあったら傷つくのはゼリックだって言いたいんでしょう?
ゼリックはわたしのツッコミにもめげず「そうだね」ってニコニコ笑いながら頭を撫でてくれた。二十一歳にもなってピュア過ぎる。
(さて、そろそろ行くか)
わたしにとっての戦場、アインハードのもとへ。ゼリックのエスコートを受け、わたしは学園行きの馬車へと向かうのだった。




