19.ゼリックのバカ
あれから数日が経った。
(ゼリックったら、大丈夫かな?)
ひとたび実家に戻ってしまえばフランソワーズ様と顔を合わせることのないわたしと違い、ゼリックはあの人のクラスメイトだ。ひどいことを言われたり、脅されたり、取り巻きたちを使って窮地に立たされたり、大変な目にあっているんじゃなかろうか。
(イジメをする人間って本当にずる賢いからなぁ)
前世の出来事を思い返しつつ、わたしは思わずため息をつく。
フランソワーズ様は公爵令嬢で、わたしやゼリックよりも身分が高い。憲法のもとに平等を謳われていた前世ですら理不尽なイジメが横行していたのだから、身分制度の存在する現世ではなにが起こってもおかしくないとわたしは思う。
だけど、残念ながらわたしにできることはなにもない。それがたまらなくもどかしかった。
「ねえ、お兄様から手紙が届いていない?」
「いえ、ゼリック様からはなにも……」
あれから毎日わたし宛ての手紙がないかを使用人に確認している。それなのに、ゼリックはわたしに手紙を送ってくれない。珍しくわたしからも熱心に手紙を送ったし、状況を聞きたいとくどいほど書いたのにもかかわらず、だ。
(こんなに心配しているのに)
ゼリックのバカ。こんなふうに不安にさせないでよ。
もう一度学園に行けばゼリックの状況がわかるだろうか? でも、そんなことをすればこの間の二の舞いになってしまう。事態が悪化していれば、フランソワーズ様以外の人からひどい目にあわされる可能性だってゼロじゃない。かえってゼリックに迷惑をかけてしまうだろう。
ただ、現状我が家は平和そのものだ。公爵家から圧力がかかってビクビクしている感じはなく、パパも普通に仕事に行っているし、全員が至って普段どおりに暮らしている。
なんなら、フランソワーズ様とのやり取りを聞いたママは怒って公爵家に乗り込もうとしていたぐらいだ。いつもはあんなにおっとりしているのに。やっぱり血は争えない――ゼリックの母親なんだなと思った。
そこからさらに数日が経ち、週末になってもゼリックは帰ってこなかった。わたしに会うために毎週帰ってくるって言ってたくせに。とんだ嘘つきだ。
「ゼリックのバカ」
「もう、リビーったらそんな顔をしたら幸せが逃げちゃうわよ?」
「……だとしたら、わたしにこんな顔をさせたお兄様が悪いんだよ」
ずっと待ってるのに。神出鬼没なくせに、こういうときはちっとも現れないんだもの。
「あらあら、リビーもゼリックのことが大好きなのね」
(……当たり前じゃない)
あれだけ可愛がってもらっているし、守ってもらってるんだから。
(ダメだ)
これじゃちっとも復讐に身が入らない。――だけど、気を抜いていたらあっという間にアインハードの婚約者が決まってしまうかもしれない。
せめて情報収集だけは継続しなくちゃと思い、わたしは新聞を開く。
すると、ものすごく衝撃的な見出しが飛び込んできた。
「えっ!? シュベリーヌ公爵が失脚!?」
シュベリーヌ公爵っていうのはつまり、フランソワーズ様の父親だ。現国王の叔父、先代の弟にあたる人で、その地位は盤石で揺らぐことはない思っていたのに。
(いったいなにが起こったの?)
わたしは急いで新聞に目を走らせる。
「なになに……王家の私財を着服した上、政敵数人への暴行・暗殺容疑がかかっている。贈収賄行為などが認められ、国への背任行為とみなされた。それから、使用人たちに対する不適切な言動や行為の強要も横行しており……」
記事にはありとあらゆる犯罪行為が書かれていた。これまで問題にならなかったのが不思議なぐらいだ。ただ、記事によれば、これらはものすごく巧妙に揉み消されていたらしい。
(フランソワーズ様もわたしを傷つけようとしていたときに『揉み消せる』って言ってたもんね)
なるほど、これまで公爵家はそうやって悪事を繰り返していたのだろう。こうなった以上、現在明るみになっていない事件もこれからどんどん暴かれるだろうし、世間はそれを許しはしない。今後シュベリーヌ公爵家が再興することはないだろう。
もちろん、公爵の娘であるフランソワーズ様も例外ではなく、平民として生きざるを得ないはずだ。なんなら、これだけ騒がれたら国内では生きづらいのではないだろうか?
(でも、よかった)
これで必要以上に怯える必要がなくなった。財産を奪われた上、公爵家のために動く人間がいなくなれば、我が家に対して圧力なんてかけられないもん。ナイフでも持って襲いかかってきたら話は別だけど、わたしはともかくゼリックはそんなんでやられたりしないし、一安心だ。
それにしても、どうしていきなり公爵の悪事が暴かれたんだろう?
だって、相手は国王の叔父だし。だからこそ、これだけのことをしていながら、被害者たちは泣き寝入りをするしかなかったのだ。公爵の犯行だとわからなかったにせよ、唐突に事実が明るみになるなんて変だし、なにかキッカケがあったのではないだろうか? なにか――。
(いや、まさかね)
一瞬だけゼリックの顔がチラついた。わたしが傷つけられそうになってめちゃくちゃ怒っていたし。なんなら『世界中の誰を敵に回しても全力で戦う』なんてことも言っていたっけ。
だけど、一介の学生が大貴族の犯罪行為を次々暴いていくなど無理に決まっている。いくらゼリックが神童だからってさすがに……無理、だよね?
そう思ったところで、外から馬車の音が聞こえてきた。
(ゼリックだ!)
なんでか、絶対そうに違いないって思った。
わたしは急いで下に降り、ドアを開ける。
「リビー、ただいま!」
その瞬間、ふわりとゼリックに抱きしめられて、わたしは思わず笑ってしまった。
「もしかして、足音でわたしだって気付いたの?」
「そうだね……それもあるけど、リビーが僕に会いたいと思ってくれてる気がしたんだ」
(なんだそりゃ)
もしもわたしじゃなかったらどうする気だったんだろう? でも、多分ゼリックは間違わない。わたしのことなら絶対。……そんな気がする。
「――何度も手紙を書いたんですよ?」
「うん。知ってる」
「どうして手紙を返してくれなかったんですか?」
「ものすごく急ぎでしなきゃいけないことがあったからね」
ごめんね、と頭を撫でられて、わたしは唇をムッと尖らせた。
「心配、したんだから」
本気で怖かったんだって、ゼリックに会って実感した。目の前にちゃんとゼリックがいる。無事で本当によかった――そう思ったら、涙が勝手に溢れてきた。
「心配してくれてありがとう、リビー」
ゼリックがわたしを抱きしめる。出会った頃からちっとも変わらない温かい腕で。
「……お兄様のバカ」
「リビーの『バカ』はむしろ『大好き』って言われている気がするなぁ」
「――バカ」
人の気も知らず、ゼリックは呑気に笑っている。
(……もう少しだけ、このままでもいいかもしれない)
わたしの復讐計画はちっとも進んでいない。だけど、ゼリックの腕が他の人に取られるのは少しだけ――いや、ものすごく嫌だ。
ゼリックの胸に顔を埋めながら、わたしはそんなことを思うのだった。
これにて2章が終わりです。
体調やストックの兼ね合いから次の更新は早くて月曜日、隔日更新になるかもしれません。よろしくお願いいたします。




