14.リビーの企み
自宅に帰ったわたしは、早速行動を開始した。
「ママ、お兄様は早く婚約者を見つけるべきだと思うの!」
わたしがそう力説すると、ママは「まあ……!」と首を傾げた。
「帰ってくるなりいったいなにを言い出すかと思ったら……アインハード殿下とのお茶会でなにかあったの?」
ママはそう言ってわたしの頭を優しく撫でる。引き取られてから十一年経ってもママは若々しく、春のお花畑みたいな温かくて明るい人で、さすがはゼリックの母親という感じだ。……脳天気すぎて時々心配になるけど、そういうところまで含めてわたしはママが好きだった。
「聞いてよ。お兄様ったら学園を抜け出して、わたしたちのお茶会にわざわざやってきたんだから」
「あらあら。ゼリックは本当にリビーのことが大好きね」
ママは瞳を輝かせると、ニコニコと嬉しそうに笑いはじめる。
「笑い事じゃないよ! このままじゃわたし、お兄様のせいでお嫁に行けないもの!」
「え〜? いいじゃない、結婚なんてしなくても。リビーがいなくなったら、ママたちとっても寂しいわ」
(ああ、この親にしてあの兄あり……)
借りにも貴族なんだから、娘(しかも養女)に対して『結婚しなくていい』とか言っちゃいかんでしょうに。でも、冗談じゃなくて本気で言ってそうな感じがまた、なんとも恐ろしいところだ。
だけど、このぐらいでめげていては復讐なんてできっこない。わたしはキッと顔を上げた。
「ダメだよ。小さい頃から言ってたでしょう? わたし、将来は王太子妃になりたいの。それなのに、アインハード殿下とゆっくりお茶もできないんじゃ、上手くいきっこないでしょう?」
「まあ……! 今でも気持ちが変わっていなかったのね。リビーったら、野心家じゃない」
ママは目を丸くしつつ、これまた楽しそうに微笑んでいる。
「だけど、ゼリックは絶対に嫌がるわね。あの子はリビーのことを溺愛しているから」
「そうでしょう? だから、お兄様には婚約者が必要なのよ! 他に愛する人を見つけたら、わたしのことはどうでもよくなるでしょう?」
「そうかしら?」
「そうだよ!」
……というか、そうであってもらいたい。わたしは真剣な表情でママを見つめた。
「なるほどね……。たしかに、そろそろ婚約者がいたほうがいい年頃ではあるわ」
「そうでしょう? だから、パパにもお願いしてお兄様の婚約者を選びましょう? わたしも協力するから、ね!」
ママは「わかったわ」と言って目を細めた。
ママの説得が終わったあと、わたしは自室に帰って調べ物を開始した。
この十一年の間に、わたしの部屋はちょっとした資料館へと展望を遂げている。復讐相手であるジルヴィロスキー王国や祖国であるサウジェリアンナに関する資料はもちろんのこと、王家に関する新聞記事や書籍、この国の貴族たちに関する資料を大量に収集・整理していて、いつでも必要な情報を調べられるようにしている。今回はそれが大いに役立ちそうだ。
(ゼリックに似合いそうな令嬢の情報は……っと)
家格や年齢が釣り合う貴族の女性なんて、そんなに多くない。そのなかでゼリックが気に入りそうな女性となると、さらに選択肢は狭くなる。
本当はゼリックが学園で恋に落ち、婚約してくれるのが一番てっとり早いのだ。
だけど、ただ待っているだけではゼリックが婚約する確率は低くなる。だから、わたしはわたしにできることをしなきゃいけない。
次の日、わたしはママにとあるお願い事をしたあと、手紙を五通出した。
それから数日後のこと、五人の令嬢が我が家へとやってきた。
「はじめまして、リビー様」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
わたしが送った五通の手紙はお茶会への招待状だ。ゼリックの婚約者候補になりそうだと感じた令嬢を数名ピックアップし、一同に集めたのである。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。仲良くしていただけると嬉しいです」
集まった令嬢たちを見つめつつ、わたしはニコリと微笑んだ。
(うん……事前情報通り。可愛くて穏やかな雰囲気のご令嬢ばかりだわ)
わたしが手紙を送ったのは十一歳から十五歳までの年齢で、家格がグレゾール伯爵家と釣り合っていることに加え、ほんわかしたタイプの女性ばかりだ。
なんせゼリックはわたしを溺愛しているので、似たような雰囲気の女性のほうが喜ばれるに違いない。せっかく婚約しても、わたしにばかりかまけられたら困るもんね。ゼリックには婚約者に夢中になってもらわなきゃ、だ。
「リビー様とは一度お話してみたいと思っておりましたの」
「あのゼリック様の妹君ですもの。さぞや素晴らしい令嬢だろうと思っておりました」
「ゼリック様は学園にいらっしゃるのでしょう? お会いできなくて残念ですわ」
お茶会がはじまると、早速そんな会話が繰り広げられた。
神童と名高く王太子アインハードの側近候補であるゼリックは、貴族の令嬢にとって理想の結婚相手だ。だから、令嬢たちは今日のお茶会を楽しみに思ってくれている――そんな自信がわたしにはあった。予想どおり、令嬢たちはゼリックのことをとても好ましく思ってくれていて、お近づきになれる絶好の機会であるお茶会を有効活用しようと躍起になっている。わたしは思わずニンマリと笑った。
(この調子なら、ゼリックの婚約者はすぐに見つけられそうね)
引く手あまたというのはゼリックのような人間をいうのだ。これだけ人気なら、選り好みさえしなければ余裕で婚約ができるだろう。むしろ、これまで相手が決まっていなかったのが不思議なぐらいだ。
(さて、ゼリックはどの子が好みかな?)
ゼリックのことはわたしが一番よくわかっているもの。わたしが選んだたらきっと満足してもらえるはずだ。
ほんわかした雰囲気の子というのは存外気が強く、活発であることが多い。この場に集まった令嬢たちも見た目は柔らかいけど、ゼリックとの結婚を望んでくれていることからもわかるとおり、おっとりしているように見えるだけだ。
(ゼリックって結構鈍いというか、わたしの本性に気づいてないぐらいだし……)
「楽しそうだね、リビー」
「え?」
背後から唐突に声をかけられ、わたしは思わずビクッと肩を震わせる。
(この声、まさか)
恐る恐る振り返ると、そこにはゼリックが立っていた。




