悪役令嬢は護衛の理由を知る
「…最初は戻るつもりなどなかった。自分の身は自分で守れるようになっていたとはいえ、王都にいることが知られればまた命を狙われる羽目になる」
それは煩わしい、とダグラスが続ける。
いや、煩わしいで済ませていいの?
命を狙われるのは心配、とかじゃないの?
「ただ、王家の状況は気になっていた。母は俺が王族として公になることは望まなかったが、王族としての心得はしっかりと教えられていたからだ」
ああ…。
国王がどういう考えなのかはわからないけど、王妃とライアンに王族としての心得が欠けていることは想像できる。
「王都から離れた街でも王族への不満が聞こえてきた時に王都に戻ることを決めた。身分も職もない状態では何かを調べようにも信用されないし、気になる動きをする貴族を調べるためにも護衛として潜り込むのは都合が良かった」
なるほど。
それで貴族の家の護衛を渡り歩くことになるのか。
「ウェルズ家の護衛になったのは、ライアンの婚約者がどういうご令嬢なのか気になったからだ」
そこまで言うと、ダグラスはこの話をし始めてから初めて私を見た。
いつもは揶揄うような、ある種いい加減な気持ちが浮かんでいた瞳は、凪いでいるのに強い意志を感じられる光が瞬いている。
「ライアンの足りない部分を補うためにはかなりのことを求められるだろう。噂を聞けば聞くほど、どんなご令嬢かが気になった。そして実際に護衛として会いに行ったわけだが…」
ダグラスが会いに行ったのは私が転生する前のエレナだ。
王太子の婚約者として教育されライアンの執務を代行できる優秀なご令嬢。
でも私が知る限り、エレナは感情を捨て自分の未来を諦めてしまった少女だ。
「人形だと思ったよ。ライアンの婚約者を演じ、精密に仕事をこなす機械のようなご令嬢。王家は自分たちのために一人の少女の人生を搾取している。そのことに言いようのない怒りを感じた」
ダグラスはエレナに対してそんな思いを持っていたのか。
ああ、だからこそ、彼はやはり王子なのだ。
その矜持を持ち続けているのだから。
「このままでいいのか、迷いが生じ始めたのはその頃からだ。それまでは現状を知りたいとは思っていたが何かことを起こす気は無かった。でも、いずれライアンが王を継げば状況がさらに悪くなることは明白だ。どうするかを、エレナ嬢の学園の卒業までに決めようと思った」
あ。
私が転生してからダグラスに名前を呼ばれたのは初めてだ。
いつもは『お嬢さま』だったから。
そんなちょっとズレたことが頭をかすめたから、ダグラスの次の言葉が頭に入ってくるのが一瞬遅れた。
「ところが、ある日突然エレナ嬢が別人のようになった」
ふぉ!
突然私の話になったよ!
「それまで人形のようだったのが嘘のように生き生きとし始め、突拍子もないことをする。いったいこれは誰なのか、目を疑った」
…なんだかすみません。
本来のエレナに謝りたくなる。
「だからこそ思う。君はいったい誰なんだ?」
ダグラスの底の見通せない黒い眼が、すべてを暴くかのように見つめてくる。
わわわ、困った。
今ここで転生者と知られてしまうのはまずい気がする。
少なくとも今年度末まで、ゲームの終わりまでは知られたくない。
そうよ。
ダグラスも嘘つきなんだから。
私だって華麗に嘘をつきましょう。
「長い夢から目覚めただけですわ。人形のままでいてはいけないと思いましたの。公爵令嬢エレナ・ウェルズとして、変わる必要があったのですわ」
ダグラスの目を見つめてはっきりと言い切る。
いったい誰なのか、問われた質問からは少しずらした答えだと、気づいてしまっただろうか。
「…そうか」
一言だけこぼすと、ダグラスは口をつぐんだ。
彼が何を思ったのかはわからない。
しかし今この場で追求する気はないのだと、そう告げられている気がした。
「ダグラス殿の事情はわかりました。それで、これからどうするつもりなのかお考えを伺っても?」
兄よ。
やっぱり今までのように呼び捨てにすることはできないのね。
兄のいつも通りの真面目さに肩の力が抜ける。
同時に自分が思った以上に緊張していたことを感じた。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録や評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




