悪役令嬢は疑念を抱く
「ああ、お嬢さま。契約は終わりましたか?」
「ええ。商会長はリックにお願いすることになったわ」
マチルダも一緒にこちらに来るのかと思ったら、近づいて来たのはダグラスだけだった。
ダグラスの肩越しに階段の方を見てもすでにマチルダの姿はない。
「ダグラス、さっきマチルダと話していなかった?」
私の問いかけにほんの一瞬ダグラスの目が泳ぐ。
ほとんど表情を読ませない彼にしては珍しい反応だった。
「いえ。誰もいませんでしたよ」
そう言ってダグラスは私に帰宅をうながす。
明らかに嘘だ。
あの距離で私が見間違うはずがない。
ダグラスはマチルダと一緒にいたのを知られたくないのだろうか。
デュランに紹介されたマチルダは私にとっても味方なのに。
ダグラスが隠そうとする意図がわからない。
私は人間関係の嘘が嫌いだ。
大事なところで一度でも嘘をつかれるとその人を信じられなくなるから。
もちろん、嘘の中にはやむを得ないものもあることは理解している。
そして中には優しい嘘や、相手に対して良かれと思ってつかれる嘘があることも。
たわいもないものであれば構わない。
でも私の中で今回の嘘は許容できなかった。
ダグラスに嘘をつかれていることを突きつけられて私の心はシンっと冷える。
心のどこかでダグラスは無条件に私の味方だと思ってしまっていた。
最初はお金次第な態度だったけれど、だんだん私自身を心配してくれているのが感じられたから。
でもそれさえも作られたものだとしたら?
ここにきて生まれた疑心はすごいスピードで私の心を覆い尽くしていく。
「そう…」
本当は事の真偽をダグラスに問いかけようと思っていた。
でも、急激に冷えた気持ちが私の口から質問を奪う。
「今日の予定はこれで終わりですわ。このまま家に戻ります」
そう告げて、私は馬車の停めてある場所に向かう。
「お嬢さま?」
いつもであればなんだかんだ世間話をしながらの道のりを、私は無言で歩く。
ダグラスがいぶかしげに問いかけてくるけれどそれに答えることもできなかった。
「ダグラス、あなたの専属護衛契約はいつまでなのかしら?」
「期間ですか?」
「ええ。お父様と契約しているでしょう?」
「今の契約上では特に期限は決められていません。首と言われるまではそのままかと」
「そうなのね」
考えてみれば公爵令嬢であるエレナの専属護衛が一人って少ないんじゃない?
一応今はまだライアンの婚約者でもあるし。
専属護衛が一人だけだとダグラスは休暇すら取りにくくなる。
そして私自身も、これ以上ダグラスに頼り切りになることに危機感を感じ始めていた。
もう一人くらい専属護衛を雇ってもらえるようにお願いしてみようか。
あの両親でも、今のところはエレナに何かあると困るだろうし。
今ならその願いを聞いてくれそうな気がした。
私は自分の心の中でダグラスとの間に線引きをする。
深入りしない、深入りさせない、それは前世で身につけた傷つかないための処世術でもあった。
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