悪役令嬢は作戦を実行する
エマが動いたことで私と彼女の距離がかなり近くなる。
その踏み出すタイミングに合わせて、マチルダが飛ばした小さな玉がエマの持つグラスの底に当たった。
おそらくエマも気づかないままに彼女の持っていたグラスが倒れてくる。
私にはそれがまるでスローモーションのように見えた。
そして一瞬後、私のドレスにジュースが飛び散った。
「きゃあ!」
可愛らしく悲鳴をあげて、私は驚きの表情をする。
ジュースは私のドレスだけでなく床や周りにも飛び散っていた。
「エマ様、なんてことをするんですか!」
ジェシカが作戦通りに声高にエマを非難する。
「なんで…」
エマの呟きが聞こえたが周りの声にかき消されてその声を拾った者はいない。
「大変!ドレスが!」
何も知らないクレアが給仕係を呼んで周りの処理を頼み、さらに私のドレスの心配をする。
そうよね。
言ってもエレナは公爵令嬢。
このドレスももちろんかなり高価な物だ。
たとえたくさんドレスを持っていたとしても、だからと言って汚していい物ではない。
辺りが騒然とする中でジェシカの通りの良い声がさらに響いた。
「エレナ様に言われたことが気に入らなかったからといって、ジュースをかけるのはやりすぎですわ!」
「わざとじゃないのよ!」
さすがのエマもジェシカの言葉をすぐに否定する。
「こんなに多くの人が見ていたのに言い訳するんですか?」
「そうですわ!私もすぐそばで見てましたわ!」
ジェシカの言葉に続いてクレアも同意した。
その後もエマはしきりと言い訳を繰り返していたが、さっきまでの態度が影響してか周囲の者たちは誰もエマを信じない。
「エマ嬢。自分の非は認めるべきだ。感情に任せてとっさにやってしまったことだとしても、ここはエレナ嬢に謝るところだろう」
ライアンの説得にもエマは頷かない。
へえ。
ここではちゃんと謝罪を促すのね。
でもやっぱり愚鈍だわ。
だって、これは私の作戦なのだから。
何も気づかないライアンは知らぬ間に私の片棒を担いでいる。
「ライアン様、悪いと思っていない方からの心のこもっていない謝罪など必要ありませんわ」
私はショックを受けながらも気丈に振る舞う令嬢を演じる。
「エマ様、気に入らないことがあるのなら言葉で伝えてくださればわかります。暴力に訴えるのは人としてあるまじき行為でしてよ」
エマにそう告げて、ライアンにはこの後のことを伝える。
「ライアン様、この状態では私は舞踏会に参加できません。幸い控室の方に替えのドレスがありますので着替えてまいりますわ」
「わかった。エマ嬢もこのままではいられないだろうから下がらせよう。エレナ嬢が戻ってきた時に、私もいないかもしれないが…」
「かまいませんわ。私も身支度にどれくらい時間がかかるかわかりませんので」
「そうか。では今日この後はお互いのことは気にしないようにしよう」
願ったり叶ったりよ。
というか、ライアンはやっぱりエマに付き添うのね。
そのことにほんの少し複雑な思いがよぎるのは前のエレナの感情だろうか。
私自身はこんな男お断りだけど。
「承知いたしましたわ」
そう言って、私は舞踏会場を後にした。
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