悪役令嬢は指名する
「Aクラスの代表が2人とも発表会を欠席するというのはいささか問題があるかと思いますの」
「というと?」
ライアンの促しに私はさらに続ける。
「学年代表をされているライアン様のクラスでもありますし、発表会に誰も出ないというのはあまりよろしくありませんでしょう?」
「私はこの指なので出られませんが、エマ様はバイオリンの弦さえ直せば出られますわ」
私の言葉にエマが驚きの表情でこちらを見る。
「私は替えの弦なんて持っていないわ。弦がなければ弾けないじゃないの!」
エマ、あなたがそう言うだろうことは予想済みよ。
「幸い私は替えの弦を持っておりますので、こちらの弦を使っていただけばいいかと」
そう言って私は替えの弦のセットを見せた。
よほどバイオリンを弾きこんでいたりプロのバイオリニストでなければ、替えを持っていたとしてもたいてい一番細い弦のE線を非常用に持っているくらいだろう。
エマがどの弦を切っても、なんならすべての弦を切っても問題ないように私は全部の弦を持ってきていた。
「保護者のみなさまに会場に入っていただくまでもうあまり時間がありませんわ」
だから急げと言外に込めて言ったところで、音楽担当の教師の声が聞こえた。
「何か問題でもあったのか?」
ナイスタイミング!
ジェシカにほど良いところで音楽教師に講堂まで来るように促すようお願いしておいたけど、さすがに優秀ね。
「先生、不測の事態が起こりまして、エマ様のバイオリンの弦を替えなければならなくなりましたの。エマ様も発表にあたって心の準備がありますでしょうし、弦の交換をお願いできないでしょうか?」
「そうか。バイオリンはどこに?」
弦の交換までやらなければエマは何かと理由をつけて辞退しかねない。
基本的に人の楽器には触らないようにするものだし、他の生徒よりもここは教師にやってもらった方がいいだろう。
そしてこの音楽教師は事なかれ主義で有名な教師。
弦の状態に疑問をもってもおそらく何も言わないに違いない。
面倒ごとに巻き込まれたくないと思っているタイプだから。
「先生、時間が迫っておりますのでよろしくお願いいたします。エマ様はこちらで準備を」
「いや…でも…」
口の中でモゴモゴ言ってるのを無視してエマを発表者の待機場所に連れて行く。
準備と言ってもプログラム通りの順番に並んで前後の生徒を確認するくらいだし、ましてやAクラスは一番初めの発表。
あとは待ち時間の間にバイオリンの調弦を確認する人もいるけれどエマにそれは関係ない。
簡単に言ってしまえば、この場から逃げられないように待機場所まで連れてきたようなものだ。
「それでは、Aクラスの代表としてよろしくお願いいたしますわね」
ほどなくして音楽教師が弦の張り替えを終えたバイオリンを持ってきた。
そして講堂には保護者や観覧者が入場し始める。
私はエマをその場に残し、実行委員が集まっている一角に戻った。
ちらりと振り返ると焦った顔をしたエマが見える。
大勢の観客の前でどんな演奏を披露してくれるのか、楽しみにしているわ、エマ。
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