悪役令嬢は呆れられる
「なぜこんな怪我を?」
半分呆れたような声でノアが言う。
ダグラスのお姫様抱っこのまま登場した私に、ノアは一瞬ポカンとしたような顔をした後小さく吹き出した。
そして保健室の椅子をすすめられそこに腰掛けたところでの今の言葉だ。
それにしてもノア先生、あなたの笑いのツボがわかりません。
呆れるのはわかるけれどどこに笑う要素があったのだろう?
「たいした傷ではないですわ」
「まぁたしかに深い傷ではないですが…」
私は怪我をするにいたった経緯を話したのだが、後ろに控えるダグラスから漂う冷気が寒過ぎる。
「わざわざ傷をつけずとも怪我のふりだけでよかったのでは?」
低音の美声が後ろから響いた。
「怪我のふりですと何かの拍子に包帯が解けたりしたら嘘だとわかってしまいますし、何よりも痛みがまったく無い状態ですと普通に指を使ってしまってそうで…」
「だからって本当に傷をつけるバカがどこにいるんですか」
バカって言ったー!
ダグラスさんの言葉遣いが荒くなっています。
「大きな嘘が暴かれないようにするためには小さな真実が必要ともいうでしょう?」
なるべく嘘や誤魔化しが少ない方がいいというのはそういうこと。
「お父様には私からちゃんと説明しておきますから心配はいらないわ」
「だから、そういう問題ではありません」
そういえば以前にも言われたわね。
たしかあれは図書館でのテスト勉強に絡んでエマと対峙した時だったか。
「わざと自分から怪我をすることは見過ごせないとお伝えしたはずですが?」
そういえば、そんなことも言われたような?
「無茶をしないようにともお願いしたはずです」
無茶ってどれくらいのことをいうのかしら?
私の思考が斜め方向にずれていることを感じたのか、ダグラスの眉間に深い皺が刻まれた。
あらあら。
美麗な顔の眉間に渓谷が。
怒り皺になってしまうからダメよー。
「お、嬢、さ、ま?」
いけない、ダグラスの額に怒りマークの幻影が見える気がする。
「以後気をつけますわ」
これ以上怒らせてしまうと面倒だからとりあえずしおらしく答えておいた。
「守る気のない約束ですね」
はい、お見通し!
ダグラスの観察眼がすごいわね。
「いやだわ、ちゃんと本気です。約束は守るためにするものでしょう?」
「その言葉忘れないでくださいよ。今のところお嬢さまには約束を破られてばかりですので」
ダグラスの怒りは収まったわけではないみたいだけど、とりあえずは解放されたみたいだ。
「消毒をして包帯を巻いておきました。家に帰られた後も消毒は欠かさないようにしてください」
いかにも養護教諭のようにノアが言う。
ああでも本当に養護教諭だったっけ。
潜入中とは思えないくらい馴染んでいるわね。
「それで、エレナ様はこの後どうされるおつもりで?」
ノアが肩口からこぼれ落ちる髪の毛をかき上げた。
サラサラの髪の毛は美しいけれど、保健室の先生ならまとめた方がいいのでは?
それともこれはあえての髪型なのだろうか?
「音楽室から講堂への楽器の搬入が終わった頃を見計らって参りますわ。元々私の担当は校舎内の見回りや各教室での困りごとの対応でしたので、少しの間ここにいる分には問題ありません」
それに…と私は続けた。
「発表会のある講堂とこの保健室は離れていますし、エマ様の今日の担当は講堂内で済むものばかり。おそらく彼女の思う計画通りに進んでいると思っているでしょうから、このまま講堂へ移動しても問題ないと思いますの」
「いくら計画通りだと思っていても、実際の結果を確認しないものでしょうか?」
ノアの疑問はもっともだ。
でもエマはきっと確認しない。
なぜならここが『黄昏の時にあなたを想う』のゲーム内だと思っているから。
すべてがシナリオ通りならわざわざ確認など必要ない。
エマが思い込みの強そうなタイプで助かったわ。
「ノア先生もご一緒してくださるわよね?」
「もちろんです。ここが私に課せられた依頼の証言を必要とする場面ということでしょう?」
理解が早いのは助かる。
「そうですわ。ノア先生の演技力に期待していますわね」
「それはプレッシャーですね」
ノアと軽口を叩きながら、私はダグラスからの視線を黙殺する。
何かを探るその視線。
まるで私自身が暴かれてしまいそうで、背中を冷や汗が流れ落ちていった。
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