悪役令嬢は戸惑う
武術大会は武道場で行われる。
武道場といってもかなり大きく、規模としては体育館くらいだろうか。
そして控室は隣に併設されている特別棟に各クラス指定されている。
私はクレアとソフィと共にその特別棟まで来たわけだが。
どういうこと?
クラスの控え室を教室のドアから覗いたところ、中には王太子とオーウェン、そしてベイリーを含む男子生徒たちがいた。
それは別にいい。
問題は、そこにエマの姿があったことだ。
しかも彼女は攻略対象である3人にそれぞれ刺繍入りのハンカチを渡しているではないか。
エマがハンカチを渡す相手はこの時点で一番好感度が高い相手のはず。
それなのに3人共に渡すとはこれいかに。
可能性として考えられることは二つ。
一つはこの時点で3人の好感度に差が無く、そのため誰かを選ぶことができずに3人共にハンカチを渡しているパターン。
そしてもう一つはエマが逆ハーレムルートを攻略しているパターンだ。
正直、逆ハーレムルートを突き進んでいるとしたら大変困る。
なぜなら、私はそのルートをプレイしていないから。
そしてもっと言うのであれば、ダグラスルートも攻略していない。
ハーレムルートは、そもそも誰か一人を想うのではなくあちこちに粉をかけて気が多い振る舞いをするのが好きではなかったから。
ダグラスルートは攻略したかったけれど、単純にその前にこちらの世界に転生してしまった。
そういう理由でこの二つのルートは未攻略だ。
うーん…。
この場合エマはどちらの理由で3人にハンカチを渡しているのか…。
思い悩む私は気づいていなかった。
私の隣でクレアとソフィが固まっていることに。
そもそも、婚約者のいる男性に意味ありげな贈り物、この場合刺繍入りのハンカチだが、を渡すことはマナー違反だ。
人の婚約者を口説いていると思われても仕方がない。
まずいわね。
すでにハンカチを渡しているソフィはまだしも、緊張しながらもこれから渡そうと思っていたクレアにとってはかなりショックな光景のはず。
悩んだのは一瞬だった。
そう。
私は彼女たちが悲しむ姿を見たくない。
だから私のとれる行動はただ一つ。
「ライアン様?ハンカチを渡しに伺ったのですけど、これはどういうことでしょう?」
私の声に、エマと男子どもの視線が一気に集まる。
「エっ…エレナ嬢!」
ふーん…一応後ろめたいという思いはあるのね。
婚約者のいる異性に意味ありげな贈り物をするというのはもちろんダメだが、同時にそれを受け取ることもマナー違反である。
つまり、今この場でエマのハンカチを受け取った3人はどいつもダメ男ということだ。
あらいやだ。
ついつい言葉遣いが汚くなってしまったわ。
さて。
どうしたものか。
「エマ様、婚約者のいる男性に特別な贈り物をするのはマナー違反になりましてよ。武術大会の際に刺繍入りのハンカチをお贈りするのは婚約者が務めるのが恒例ですの」
私はさも困ったかのような表情で続ける。
「そちらにいらっしゃるお三方、ライアン様は私の婚約者ですし、オーウェン様はこちらのクレア様の婚約者、そしてベイリー様はソフィ様の婚約者ですわ」
お前は非常識だぞ、と言えたらどれほどスッキリするか。
もちろんそんなことは言わないけれど。
そして私は見てしまった。
一瞬伏せられたエマの瞳によぎった感情を。
あれは怒り。
エマは、あえて3人にハンカチを渡したのだと、この時確信した。
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